第119回「政治と科学 関係の高度化へ」
専門家の役割は
新型コロナウイルス対策がわれわれの社会の最優先の課題となって1年半以上がたつ。この間、政府は専門家と協力しながら対策を進めてきたが、両者の関係はこれまでつねにスムーズだったわけではない。4回にわたる緊急事態宣言や、オリンピック開催方針などをめぐり、両者の見解の違いが国民にも見える場面があった。
コロナ対策は科学に基づくべきだが、今回は専門家の姿勢が積極的すぎるのではないかという批判もみられた。本来、専門家は政府から諮問されたことに科学的な立場から応答すればよいのであって、政策を立案・決定するのはあくまで政府であるべきという指摘である。
実際、日本のコロナ対策において専門家は自らメディアで発信し、政府に影響力を及ぼすべく、かなり能動的に行動した。
だが、専門家と政府との役割分担は、特に危機時には柔軟なものであってよい。政府が迅速に諮問を行うのには限界があるし、不確実性の高い科学的知見を扱うには専門家の関与が重要である。国民にも、刻々と更新される科学的知見をできるだけ正確に、早く伝える必要がある。
必要な協働体制
日本では、コロナ禍に備え政府と専門家の確固とした連携体制が整っていたとはいえないが、それゆえに両者が状況に応じて距離感を測りながら協働できた面がある。両者の間の緊張関係が強まった場面でも、それがむしろ社会的議論を促し、政策形成に反映された場面もあった。
一方で、さまざまな問題点があったことも明らかである。専門家による情報発信の位置づけが不明瞭で、混乱を招いたこともあったし、科学的知見が政府から軽視された局面もあった。また、医学的な立場と経済社会上の考慮を合わせて政策立案に反映させることが難しかった。
いま求められるのは、今回のコロナ対応の経験を踏まえ、危機に対応できる政府と科学の協働体制を整えていくことである。科学者と政府の関係を単線的な関係で捉えるのでなく、多様なアクターが柔軟に協働して市民・社会とともに政策形成を進める仕組みが必要である。すなわち多様な分野の科学者や、政府・自治体・国際機関などからなる科学―政策エコシステムの形成が、わが国を含む各国で重要な課題となっている。政治・行政と科学の関係の高度化が求められている。
※本記事は 日刊工業新聞2021年10月8日号に掲載されたものです。
<執筆者>
佐藤 靖 CRDS特任フェロー
東京大学工学部航空宇宙工学科卒業。旧科学技術庁を経て米国ペンシルベニア大学大学院博士課程修了(科学史・科学社会学)。17年より新潟大学人文社会科学系教授。20年より現職を兼務。PhD。
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