2021年4月23日

第98回「数学・数理科学に投資」

将来ビジョン
スペイン、英国、オランダと聞いて何を思い浮かべるであろうか? 大航海時代とその後、世界を股にかけた国々である。これらを含め、フランス、米国、豪州などが、数理科学に対するリポートを将来ビジョンとともに次々と刊行した。

米国ではGAFAなどもあり、優れた数学人材が産業界や公的研究所、政府機関で活躍している。各年の数学の博士号の取得者数は日本の約12倍。人口は約2.6倍である。政府投資額は年間1100億円ほどである。

欧州はやや異なるが、やはり数理科学への期待は高い。Brexit(ブレグジット)で揺れた英国では、2020年1月27日、ジョンソン首相が数学への新たな投資決意を発表した。財務省で詳細が詰まり秋には投資が始まった。年間6000万ポンドを5年間、計420億円という前例にない数学への追加投資である。

ただしこれは研究への直接投資ではない。海外からの優れた数学者の招聘、研究時間の確保、同時に博士課程学生への支援、人材育成の観点からもポスドク採用枠を一気に拡大するために、である。設備やモノへの投資を超えた財政支援を強力に進め、中国の千人計画も意識しつつ、数学研究にとって最高の国となる。数学に限らず、最高の科学を展開することで産業を外からも呼び寄せようという腹づもりだ。

中国の投資は狭い意味での数学に限っても20年近くで16倍に増加している。米国では数学への直接投資のほか、人工知能(AI)の導く結果に対する信頼性確保のために、予算の一部を数理科学に充てる措置がとられている。

またGAFA各社が数百名の数学者を抱えエンジニアとの連携を進めているのも数学への投資と言える。

日本復活に光
計算機性能が今ほど優れぬ頃、日本にはきわめて数学に強い工学者が多くいた。自らの問題解決には数学的な追求が不可欠であったからである。その結果、教育を通して、日本のモノづくりに貢献したことは疑いない。その後、計算機性能は飛躍的に向上した。

しかし皮肉なことに数学に強い工学者が激減した。理学部にある数学科は内的動機による、いわゆる純粋数学に向かった。両者の間に空白層ができた。一昨年、経済産業省・文部科学省が「数理資本主義の時代」をまとめた。が、その先はまだ見えない。

ただ、日本の数学レベルは高い。他国にスケールは及ばぬが光も射す。

データ科学への注視から諸分野に数理科学の高い素養を持つ若者が生まれている。未来は、国のさらなる環境作り次第だ。

※本記事は 日刊工業新聞2021年4月23日号に掲載されたものです。

若山 正人 CRDS上席フェロー(システム・情報科学技術ユニット)

東京理科大学副学長。広島大学大学院理学研究科数学専攻博士後期修了。鳥取大学助教授などを経て九州大学教授。同数理学研究院長・学府長、マス・フォア・インダストリ研究所初代所長、同大理事・副学長の後、名誉教授。専門は表現論・整数論。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(98)数学・数理科学に投資(外部リンク)