2021年4月16日

第97回「細胞医療、天然→デザインへ」

創薬の歴史
創薬の歴史を振り返ると、まずは天然物がそのまま医薬品として成立し、技術の高度化とともに天然物を基に新たなデザインを施したものが医薬品として確立してきた。

最も歴史の古い低分子医薬では「ペニシリン」(1940年)など、植物や微生物などから発見された生理活性分子が、そのまま医薬品として成立した。その後、さまざまな疾患領域において高い有効性・安全性を示すようにデザイン(化学合成・修飾など)された低分子医薬が続々と登場し、40兆円規模の世界市場を形成している。

抗体医薬では、天然型抗体であるマウスのモノクローナル抗体医薬「ムロモマブ-CD3」(86年)などが成立した。その後、ヒト化抗体技術や抗体修飾技術などを原動力に、より高度にデザインされた抗体医薬が次々と登場し、20兆円規模の世界市場を形成している。

核酸医薬では、天然型の核酸配列は薬物動態などの問題が大きく医薬品として成立しなかったが、人工架橋型核酸技術などのデザイン技術が進展した結果、近年、核酸医薬の製品化事例が増加している。

デザイナー細胞
近年、新たな潮流として、細胞医療における天然からデザインへの展開が見られつつある。歴史的には、ドナーより採取した細胞をそのまま利用する骨髄移植が、多くの人々の命を救ってきた。

現在、幹細胞(iPS細胞、間葉系幹細胞など)を病変部位に移植し生体機能の再生を目指す、再生医療の開発が活発に進められている。これらの細胞本来の機能に頼った天然型の細胞医療は、今後も着実に進展すると期待される。

一方、デザインを施し治療機能を強化した免疫細胞が、血液がんに対し非常に高い治療効果を達成し、「キムリア」(2017年)(CAR-T)として成立した。細胞医療においても、デザインがカギとなることが実証されたと言え、細胞医療の新時代の到来を予感させる。現状では、CAR-Tは固形がんなどの、患者数および市場規模の大きな疾患の治療には成功しておらず、副作用、治療後の再発、安全性、コスト、製造面など、課題は山積みだ。

しかし、ゲノム編集技術などの技術革新を原動力に、デザインの創意工夫次第で多くを克服できると期待される。治療対象疾患の発症・重症化メカニズムに効果的に介入可能な細胞タイプ(免疫細胞、幹細胞など)を選び出し、高い有効性・安全性・経済性を達成するようなデザインを搭載し、治療用細胞として洗練する、いわゆる「デザイナー細胞」医療とも呼ぶべき、新たな細胞医療のコンセプトと実践が、これからの細胞医療において重要と考えられる。

その先には治療困難な疾患の克服、そして巨大な市場形成も期待される。米中は活発な研究を開始しており、わが国も重点的かつ独自の研究開発の推進が喫緊の課題だ。

※本記事は 日刊工業新聞2021年4月16日号に掲載されたものです。

辻 真博 CRDS フェロー(ライフサイエンス・臨床医学ユニット)

東京大学農学部卒。ライフサイエンスおよびメディカル関連の基礎研究(生命科学、生命工学、疾患科学)、医療技術開発(医薬品、再生医療・細胞医療・遺伝子治療、モダリティー全般)、医療ビッグデータ(大量データ)、研究環境整備などさまざまなテーマを対象に調査・提言を実施。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(97)細胞医療、天然からデザインへ(外部リンク)