2021年4月9日

第96回「仏の研究人材養成 キャリアメーク魅力向上」

長年の懸案解決
フランスの複数年研究計画法が2030年に向け国の研究開発総投資額を増額することは前回紹介した。今回はこの法律の柱の一つである研究キャリアの魅力向上に焦点を当てる。

フランスは近年、論文数、特許数などで他の先進国、中国、インドに後れをとり、深刻な懸念が表明されている。人材面でも博士課程入学生が09年から16年の間に15%も減少し、国立科学研究センター(CNRS)の研究者採用枠も05年から15年までに26%も減少した。

このような中で複数年研究計画法は、必要な投資を行い、長年の懸案を一気に解決する方策を提示したものとして評価されている。

研究者のキャリアに沿ってどのような目標の下にこの改革が進められていくかを表に示した。全体の特徴は、給与(手当)の増額、採用ポストの拡大、若手のキャリアメークの魅力向上、そして民間企業との人的交流の円滑化である。

給与やポストの拡充は、一見すると研究界に歓迎されそうではあるが、他方、昇任時審査を含むテニュア制度の導入、国立研究機構(ANR)の競争的資金の増大、厳格な評価と資源配分への反映など、より競争的な環境の整備も見られ、警戒感を示す向きもある。

卓越性見いだす
人材養成の成否は、畢竟、研究システムがいかにエクセレンス(卓越性)を見いだすように設計され実行されているか、にかかっている。複数年研究計画法の目指す政策は、大学や公的研究機関などの「混成研究ユニット」(19年7月26日付本連載「『混成研究』が源泉」参照)、「地域における大学・グランゼコール(高等専門大学校)を統合した高等教育機関の総合化・大規模化」などフランス独特のシステムと相乗的な効果を発揮して実行されていかなければならない。

フランスらしいのは、常に国全体の研究システムの基本構造・要素に触れた議論を幅広く行うことであろう。複数年研究計画法案の準備過程でも、例えば基盤的研究費と競争的資金のバランス、評価結果の資源配分への直接反映については、学問の自由、平等の確保を巡る20年来の議論が繰り返されたが、その結果、卓越性をより確実に見いだす方向に徐々に進歩している。

このようなフランスが悩んで取り組んでいる課題を、卓越性を見いだす観点から因数分解し日本の課題として今日的に捉え直し、研究システムの基本構造・要素まで行き着く解決策を見いだしていくことも重要であろう。

※本記事は 日刊工業新聞2021年4月9日号に掲載されたものです。

白尾 隆行 CRDSフェロー(海外動向ユニット)

千葉大学理学部卒。1974年科学技術庁入庁。官房審議官で退官。在外は在フランス日本国大使館一等書記官、国際ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム機構事務局次長(フランス・ストラスブール)、ITER国際核融合エネルギー機構(同・カダラッシュ)機構長室長を経験。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(96)仏の研究人材養成、キャリアメーク魅力向上(外部リンク)