2021年3月26日

第94回「科技イノベ基本計画 強靱・幸福な社会実現」

「総合知」活用
新しい「科学技術・イノベーション基本計画」が閣議決定され、それに沿って2025年度までの科学技術およびイノベーションに関わる諸政策がスタートする。1996年以来、基本計画は今回で第6期を迎えるが、この25年間にさまざまな変化があった。

第1の変化はネットワーク技術の進展とそれに伴う巨大ビジネスの出現である。いち早く新技術をビジネスに展開したGAFAと呼ばれるITプラットフォーマーによる、情報と富の偏在化が問題視されつつある。彼らの時価総額はすでに東証1部上場企業の総和を越えたという。

第2の変化は度重なる大災害や感染症、そして国際関係の緊張による社会の不安定さの増大である。世界規模では地球温暖化、わが国では少子高齢化という待ったなしの課題も目の前にある。

これらを踏まえて新基本計画では「持続可能で強靱な社会」と「一人ひとりの多様な幸せ(well-being)を実現できる社会」を目指すとしている(図)。単なる経済成長ではなく、質的な豊さや将来世代への配慮に目を向けている点が新しい。その方策として、人文・社会科学の知と自然科学の知の融合によって、人間や社会の総合的理解と課題解決を図る「総合知」を活用する点も特筆されよう。新計画の実現のために、国の研究開発投資30兆円、民間投資を合わせて120兆円の目標を掲げている。

難問山積
しかしわが国では難問が足元に山積している。

新型コロナウイルス感染症による社会混乱の中で、第5期基本計画に掲げたソサエティー5.0の根幹である「デジタル化」の遅れが露呈した。また多くの先端技術を持ちながら、それを実用化し、社会を変えてゆこうとするいわゆるイノベーション力の弱さも指摘されている。「総合知」の難しさもある。文系・理系の分断が長く続いて、両者の垣根を越えて議論する土壌が失われている中で、コロナ禍や高齢化のような社会的課題にどのように取り組むか。

新基本計画では、これらへの対応策として、デジタル庁の設置、産学官によるイノベーション・エコシステムの形成、大学の総合的な研究力強化のための大学ファンドの創設などを組み込んでいる。

これからの「ニューノーマル」社会がより良くなることを目指して、科学技術の研究開発と社会実装を推進する新基本計画の果たす役割は大きい。

※本記事は 日刊工業新聞2021年3月26日号に掲載されたものです。

原田 裕明 CRDSフェロー/ユニットリーダー(科学技術イノベーション政策ユニット)

名古屋大学大学院工学研究科修士課程修了。富士通研究所にて画像処理などの研究開発、富士通にて経営企画、情報通信研究機構(NICT)にて産学連携の業務を経て現職。技術士(電気電子、情報工学)。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(94)科技イノベ基本計画、強靱・幸福な社会実現(外部リンク)