2021年2月12日

第88回「創薬モダリティー 多様化」

激しい開発競争
低分子医薬、たんぱく医薬、抗体医薬、核酸医薬、遺伝子治療、細胞医療、治療アプリ、予防ワクチン。ライフサイエンス研究の急速な進展を原動力に、新たな創薬モダリティー(医薬品のタイプ)が次々と切り開かれ、確立した。これらは作用機序が根本的に異なるため、新たな創薬モダリティーの確立は治療・制御困難な疾患の突破口となりうる。

従来の医薬品開発では、低分子医薬などの特定の創薬モダリティーの範囲内での改良・最適化がなされてきた。しかし近年、さまざまな創薬モダリティー間の開発競争も繰り広げられている。

例えば、がんに対し、多くの低分子医薬が使用されてきたが、現在は抗体医薬も大きな存在感を示し、2017年には細胞医療「キムリア」(CAR-T)が成立した。血友病Aに対し、長らくたんぱく医薬が用いられてきたが、17年には国産の抗体医薬「ヘムライブラ」が登場した。脊髄性筋萎縮症に対し、16年に核酸医薬「スピンラザ」、19年に遺伝子治療「ゾルゲンスマ」が成立した。また、20年には禁煙治療用の国産治療アプリ「CureAppSC」、さらにアプリ単独でADHD(注意欠如・多動症)治療効果を示す「エンデバーRx」が登場し、アプリがさまざまな疾患の治療・疾病管理に新展開をもたらしつつある。

これからもさまざまな疾患に対し、複数の創薬モダリティーがしのぎを削り、より安全性・有効性・経済性の高いものが生き残り、人々を疾患から救うと考えられる。

コロナ克服期待
世界中で猛威を奮い続けている新型コロナに対しても、さまざまな創薬モダリティーの臨床開発・社会実装が急ピッチで進展している。一例を挙げると、治療を目指すものとして、低分子医薬(アビガン、レムデシビル)、たんぱく医薬(免疫グロブリン製剤)、抗体医薬(アクテムラ)、核酸医薬(VIR-2703)、細胞医療(間葉系幹細胞、iPS由来免疫細胞)などが見られる。

予防を目指すものとして、mRNAワクチン(mRNA-1237、BNT162b2)、DNAワクチン(INO-4800)、不活化ワクチン、組換えワクチン(NVX-CoV2372)、などが見られる。現時点で、新型コロナに対し決定打となる治療・予防技術は見られないが、多様な創薬モダリティーで挑戦を続けることで、新型コロナ克服の早期化が期待できる。

新型コロナに限らず、人類の健康を脅かす疾患は多い。既存の創薬モダリティーの洗練と、新規の創薬モダリティーの開拓が、これからますます重要だ。

※本記事は 日刊工業新聞2021年2月12日号に掲載されたものです。

辻 真博 CRDSフェロー(ライフサイエンス・臨床医学ユニット)

東京大学農学部卒。ライフサイエンスおよびメディカル関連の基礎研究(生命科学、生命工学、疾患科学)、医療技術開発(医薬品、再生医療・細胞医療・遺伝子治療、モダリティー全般)、医療ビッグデータ(大量データ)、研究環境整備などさまざまなテーマを対象に調査・提言を実施。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(88)創薬モダリティー多様化(外部リンク)