2020年12月18日

第81回「データ駆動でコロナ克服」

情報基盤の弱さ
新型コロナウイルス感染症は、健康医療だけでなく、社会的にも大きな問題である。早期の終息を願うばかりだが、専門家にとっても初めての経験だから、理屈通りにはいかない。さまざまな情報を集めて戦略的に考えなければならない。

第5期科学技術基本計画は、ソサエティー5.0をうたった。しかし保健所による感染患者の集計は、いまだにファクスと電話による。これに対し、厚生労働省はHER-SYSというシステムを立ち上げた。ところが煩雑な入力と個人情報保護が壁となって、まだうまく動いていない。

感染対策は難しい。保健所はクラスター感染の把握に努め、きめ細かく対応する。しかしクラスター以外の経路の分からない感染者は半数に及ぶ。すでに感染が市中に広がってしまったということだ。こちらも対応が必要だが、データがない。クラスター対策で流行は終わるはずという理論で対応しているが、すべてのクラスターを捕捉できない以上、市中の観測データを集めて対策を考える必要がある。

データは、気まぐれな運命の女神に翻弄されないための武器である。コロナ禍を乗り越えるには、「仮説駆動型の対策」に加えて、「データ駆動型の対策」をもっととらなければならない。

失われた30年
情報は、法則性が分からないときに重要だ。上手に分析すれば、事件の原因や将来の予測に使える。ビッグデータ(大量データ)の解析や機械学習はその例である。規制や倫理に関する情報も重要である。これを知らなければ、研究開発は頓挫する。

治療法の有効性や他との違いを示すのにも、情報が必要である。しかし人間は個人差が大きい。ウイルスに感染しても8割の人は自然に治癒する。薬が一見効いたように見えても、自然に治ったのかもしれない。有効性や副作用が他より優れていると言うには、背景のそろったグループの間で比較しなければならない。

「モノづくり」も同じである。社会や個々の人間にとって、製品の「意味」を示すことが大事だ。データに基づいて違いを証明できれば、世界の市場を席巻できるかもしれない。そのためにはデータの集め方や分析の仕方を、最初からよく考えておかなければならない。コロナ禍を経験してみると、データ志向の遅れが、「失われた30年」の原因だったことに気づかされる。

※本記事は 日刊工業新聞2020年12月18日号に掲載されたものです。

永井 良三 CRDS上席フェロー(ライフサイエンス・臨床医学ユニット)

自治医科大学学長。専門は内科学・循環器学。心臓血管病やがんの分子生物学と薬剤開発、臨床疫学、電子カルテ統合、症例報告からの構造化などの研究を進める。博士(医学、東京大学)。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(81)データ駆動でコロナ克服(外部リンク)