2020年12月4日

第79回「科学技術基本法改正 対象拡大・イノベ創出」

創造立国
日本の政府が科学技術に対してどのくらいの国家予算をかけているか、ご存じだろうか。その年額、約5兆円(2020年度)は米国や中国に及ばないものの、欧州各国よりも大きい規模である。この資金によって、宇宙・海洋探査をはじめ、大型研究設備の拡充、国際的な研究交流など、さまざまな面から科学技術の振興が図られている。

このような科学技術政策の基本を定めているのが「科学技術基本法」(以下、基本法)である。基本法は1995年、まだ日本全体がバブル崩壊の後遺症に苦しんでいた時期に、科学技術によって新産業を創出し、国の長期的成長と、人類が直面する課題に取り組むために「科学技術創造立国」を目指そうという趣旨で議員提案され、与野党の全会一致で成立した。これは政府が予算を確保して総合的に科学技術を振興することを定めた初の法律であり、科学技術政策の明確な法的根拠として現在に至っている。

待遇改善
21年4月に基本法は「科学技術・イノベーション基本法」へと改正される。改正の最大のポイントは対象の拡大である。これまで基本法の対象は自然科学であったが、自然科学と人文科学すべてを対象とする(図の横方向の拡大)。奥行きの深い人文科学自体を持続的に振興するとともに、両者の融合による新たな研究を目指す。さらに研究開発の成果を社会に向けて積極的に展開するために、イノベーションの創出という軸が加わった(図の縦方向の拡大)。

もう一つのポイントは、研究開発を担う大学や民間事業者に対して、人材育成や待遇改善の責務規定を設けた点である。これまで日本の研究力低下の根源的原因とされる研究者の待遇を計画的に改善していくことを明確にした。

今まさしく、我々は新型コロナウイルス感染症に直面している。ウイルス解明やワクチン開発は自然科学の役割である。しかし、検査・治療の優先付け、感染防止と経済活動の両立などの問題に対しては、人や社会についての深い洞察と総合的分析を行う人文科学の厚みのある知識が不可欠である。

感染症に限らず、今後起きることが予想されるさまざまな社会的問題に対して、自然科学と人文科学の総力を挙げて取り組むとともに、個々の研究者が真理の探求に安定して励むことが重要である。新しい基本法を基に、わが国の科学技術がそのような方向に確固として進むことを期待したい。

※本記事は 日刊工業新聞2020年12月4日号に掲載されたものです。

原田 裕明 CRDSフェロー/ユニットリーダー(科学技術イノベーション政策ユニット)

名古屋大学大学院工学研究科修士課程修了。富士通研究所にて画像処理などの研究開発、富士通にて経営企画、情報通信研究機構にて産学連携の業務を経て現職。技術士(電気電子、情報工学)。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(79)科学技術基本法改正、対象拡大・イノベ創出(外部リンク)