2020年11月20日

第77回「下水疫学 ウイルス流行推定」

感染症 早期検知
感染症の流行情報を得る手段として下水疫学が注目されている。下水疫学は、下水中の病原体を調査し、感染症の流行を推定する新しい研究分野だ。ポリオウイルス、ノロウイルスで既に実用化されている。世界保健機関(WHO)の世界ポリオ根絶計画にも導入され、海外では下水でのポリオウイルス検出を受け、広くワクチン接種を行って、感染拡大を未然に防いだ事例がある。

ノロウイルスの下水疫学は東北大学が主導して確立し、仙台市で予防情報を無償提供している。新型コロナウイルスに下水疫学を適用できれば、地域における流行を早期に検知でき、医療資源への過剰な依存の緩和につなげられるなどの期待がある。

克服すべき課題も残されている。例えば先述の2種類のウイルスと新型コロナウイルスには外被膜の有無という構造上の違いがある(図参照)。従来の分析手法は外被膜のないウイルスに対して考案されたため、新型コロナウイルスに適していない。

実用化へ課題
1日当たり新規感染者数が1000人規模の日本は、数万人規模の欧州各国、10万人超の米国より下水中ウイルス濃度が低く、検出がはるかに難しい。そのため極めて高感度な手法の開発が必要で、効果的な採水法や濃縮法も検討されている。

米国ではベンチャー企業が受託測定事業を展開しているが、結果の判明までに長い時間を要し、迅速化が課題となっている。将来的に下水中ウイルス濃度を常時監視するためには、現場適用可能な廉価で簡易、再現性の高い標準的手法の開発支援がカギとなる。

リスクコミュニケーションも重要だ。下水中ウイルスの感染性などは未確認である。私たち一般市民が正しく理解し、適切に行動できるよう、質の高い情報発信が求められる。

こうした課題に対応するため産学官の協力体制が必要となる。国内では日本水環境学会がタスクフォースを設置し、大学と下水道事業体との間で協力体制が築かれた。これを維持、発展させる後押しが肝要だ。

下水疫学の可能性を追求できれば、将来の新たな感染症への適用や、途上国などでの感染症の早期把握にもつながり、感染症に強い世界づくりに貢献できる。

JST研究開発戦略センター(CRDS)では新型コロナウイルス感染症と下水疫学に関する研究開発動向などをショートリポートとして公開している。

※本記事は 日刊工業新聞2020年11月20日号に掲載されたものです。

松村 郷史 CRDSフェロー(環境・エネルギーユニット)

大阪大学大学院工学研究科応用物理学専攻修了。JSTの基礎研究やプレベンチャーなどの研究推進業務に従事後、現職。環境・エネルギー分野の研究開発戦略立案を担当。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(77)下水疫学、ウイルス流行推定(外部リンク)