2020年11月13日

第76回「創薬DX、競争力強化」

厳しさ増す環境
新薬開発は難易度を増している。候補化合物が医薬品になる確率は2万-3万分の1であり、開発費用、期間が1000億円、10年を超えることは珍しくない。個別化医療の進展により、さらにハイリスク・ハイリターンの傾向を強めていると言われる。

一方、医療費削減に向けた薬価抑制圧力は高まっている。製薬業界では、デジタル変革(DX)により創薬イノベーションと新薬開発の効率化を両立させる取り組みが進んでいる。既存のバリューチェーン全体にわたる革新に加え、デジタルツールによる新たなソリューションの提供も狙いとなっている。

創薬DXを支える技術の一つが人工知能(AI)を活用したAI創薬である。今年、AIを活用して創製された化合物で世界初とされる臨床試験が日本で開始された。化合物の仮想的生成、予測モデルによる特性評価などを備えたAIシステムが活用され、平均4.5年を要する開発候補化合物の同定を1年未満で完了したとされる。

また、AI創薬はドラッグリポジショニングとの相性も良い。機械学習によって疾患、遺伝子、薬物、生物学的経路をひも付け、既存の抗リウマチ薬が新型コロナウイルスの細胞への感染を阻害する可能性が示された。今求められているような迅速な治療薬の開発に有用である。

市場投入されている医薬品で実際に報告された効能、副作用と前臨床試験で得られる情報を機械学習でリンクさせ、新規医薬品候補のヒトでの作用を予測するAIシステムなど、バーチャル臨床試験への応用を期待させる成果も生まれている。高品質なデータの収集・活用基盤がカギとなる。

DTxも注目
アプリなどデジタル技術を活用したデジタル治療(DTx)も注目されている。8月にニコチン依存症治療アプリがDTxとして日本初の薬事承認を得た。DTxは医薬品に比べ少ない開発コストで、従来の医薬品では治療効果が不十分な疾患にも適応できると期待されている。DTxに即した規制、制度の見直しが必要である。

日本は数少ない創薬能力を有した国の一つであるが、創薬でグローバルな存在感が薄れてきている。高い生産性と新たなソリューション提供に資するデジタル技術の活用をさらに推進すべきである。産学官が連携して創薬DXの基盤技術を強化すること、これを生かす創薬環境を整備することが産業競争力強化に重要である。

※本記事は 日刊工業新聞2020年11月13日号に掲載されたものです。

中村 輝郎 CRDSフェロー(ライフサイエンス・臨床医学ユニット)

東京理科大学大学院基礎工学研究科修了。製薬企業でDDS技術開発などに従事。2019年より現職に出向。ライフサイエンス・臨床医学・製薬関連分野における俯瞰調査および政策提言の作成に従事。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(76)創薬DX、競争力強化(外部リンク)