2020年10月23日

第73回「CRISPR/Cas9 ゲノム編集 技術革新」

爆発的普及
2020年ノーベル化学賞の授賞対象となった「ゲノム編集…CRISPR/Cas9(クリスパーキャスナイン)」は、ライフサイエンス領域における、過去10年間で最もインパクトの大きな技術だ。CRISPR/Cas9などのゲノム編集は、従来の遺伝子操作技術と比べ、DNAの特定部位を操作できる正確さ、さまざまな生物種の細胞を操作できる汎用性、学部学生レベルでも操作できる簡便さなどの優れた特徴を併せ持つ。12年に登場すると同時に、世界中の研究室へ爆発的に普及し、研究者が日常的に扱う実験ツールとして定着した。

ゲノム編集を軸とした医療応用が加速している。ゲノム編集を組み込んだ遺伝子治療(異常遺伝子の機能修復など)や細胞医薬(がん細胞特異的殺傷機能を搭載した改変免疫細胞など)の臨床試験が世界中で活発に進んでおり、5年以内に次々と製品化事例が登場すると考えられる。また、新型コロナウイルスの診断法としての開発も進んでいる。

米国ではゲノム編集で品種改良した作物が流通し、日本でもGABA(ギャバ)高含有トマトが開発され年内の試験販売が予定されている。養殖魚や牛豚の品種改良研究も進んでいる。

急がば回れ
CRISPR/Cas9の基本特許が米国研究機関(ブロード研究所と米カリフォルニア大学で基本特許係争中)にあり高額な特許権使用料が予想されており、日本がゲノム編集を軸とした産業展開を加速する上で大きな問題だ。

例えば、日本で開発された改良型Cas9や新型Cas3(キャススリー)、高効率相同組み換え技術などの優れた要素関連技術を結集し、米国研究機関とのクロスライセンスに向けた取り組みが重要だ。

中国におけるゲノム編集ベビーの誕生(18年)、ゲノム編集を施した作物の安全性評価など、技術革新のスピードに対しELSI(倫理的・法的・社会的課題)の検討が追いつかず、今後活発な議論が重要だ。

ノーベル賞の授賞には至らなかったが、九州大学・石野良純教授によるCRISPR配列の発見(87年)が、CRISPR/Cas9登場(12年)の原点にあることは国際的にも広く認識されている。今後10年間はCRISPR/Cas9がライフサイエンス領域の原動力になるが、恐らく10年後には全く新しいテクノロジーが登場し、大きな変革をもたらすと考えられる。

次なるテクノロジーを日本が生み出すためには、短期的な成果創出に縛られず、萌芽的なアイデアに対し腰を据えた研究開発の推進が、急がば回れで重要だ。

※本記事は 日刊工業新聞2020年10月23日号に掲載されたものです。

辻 真博 CRDSフェロー(ライフサイエンス・臨床医学ユニット)

東京大学農学部卒。ライフサイエンスおよびメディカル関連の基礎研究(生命科学、生命工学、疾患科学)、医療技術開発(医薬品、再生医療・細胞医療・遺伝子治療、モダリティ全般)、医療ビッグデータ、研究環境整備などさまざまなテーマを対象に調査・提言を実施。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(73)CRISPR/Cas9 ゲノム編集の技術革新(外部リンク)