2020年9月18日

第68回「教育を求心力に研究力向上」

人的資源の強化
「人材育成核に工学基盤強化」と題した8月28日付の連載では、工学系博士人材の育成の事例として英国のインダストリーPhDプログラムを紹介した。今回は豪州政府のイノベーション創出に向けた取り組み事例を紹介したい。

豪州のイノベーション戦略「オーストラリア2030」では、STEM(科学・技術・工学・数学)教育の強化が冒頭に掲げられ、それに続いて研究人材や技術者の育成強化が示されている。すなわち、工学基盤の一つである人的資源の強化をイノベーション推進の一方策として重視している点が特徴的である。

豪州は英語圏であることと質の高い教育を強みとして、アジア圏の留学生を惹きつけている。教育を求心力に外貨および優れた人的資源を獲得することで、国の研究力の向上も図っていると考えられる。

政府研究開発費の内訳(図)で見ると、教育省が研究人材・技術者育成のためのプログラムを推進していることが分かる。また競争的研究資金プログラムの中にも、リンケージプログラムと呼ばれる産学連携による人材育成や研究基盤整備の資金が含まれており、これらを通じて工学分野にも資金が投入され、基盤強化の役割を担っている。

研究開発税優遇
優れた人材の確保・育成の上で生み出される大学での研究成果をイノベーションへとつなげるためには、学から産への橋渡しが必要になる。オーストラリア2030でも、研究開発をイノベーションにおける最初の重要なステップと位置付けており、研究開発税優遇制度によって企業の研究開発の取り組みを後押ししている。

この制度を利用することにより、中小企業は実質約6割の負担での研究開発が実施可能となっている(詳細は図参照)。豪州国外での研究開発投資も一部が対象となり、国外における研究開発投資から新市場の獲得を目指す活動を、政府が後押ししている。

国内にないリソース(人材・研究費)や市場を積極的に国外で獲得しようとする豪州は、日本と対照的にも見える。ポストコロナの時代に豪州がどのような施策を打ち出していくのかは、今後の日本のイノベーション戦略においても参考になるのではないかと考える。

※本記事は 日刊工業新聞2020年9月18日号に掲載されたものです。

長谷川 景子 CRDSフェロー(環境・エネルギーユニット)

東京大学大学院農学生命科学研究科農学国際専攻修了。科学技術振興機構入構、戦略的創造研究推進事業(基礎研究)、地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム、産学連携などに従事。2019年より現職。環境・エネルギー分野の研究開発戦略立案を担当。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(68)教育を求心力に研究力向上(外部リンク)