2020年9月4日

第66回「トランスサイエンス、コロナ対応に有用」

事実と価値
新型コロナの蔓延はなかなか収まらない。対応には政策担当者(価値を判断)と科学者(事実を判断)の緊密な協力が重要である。1972年に米国の物理学者ワインバーグが提唱した「科学によって問うことができるが科学によって答えることのできない領域(トランスサイエンス)」という概念が有用だ。

例えば、洪水や火山噴火予知の際の避難指示の決定や、防波堤建設の際の津波の高さの予測、地球環境の問題への対策などは事実と価値の交錯したトランスサイエンスの問題である。科学者の知識は必要だが科学者だけでは決められない。

新型コロナの場合、ウイルスの特性や3密回避の有効性の研究は事実(科学)の領域だが、実際に行うロックダウンなどの対策はトランスサイエンスの領域と言える。休業補償など給付金はほぼ価値(政策)の領域と言えよう。

4つのポイント
新型コロナは未知のウイルスなので、既知の感染症と比べ、四つのポイントが重要になると思う。

まず第1に政策担当者も科学者も「危機管理学の要諦」を共通基盤とする。悪いシナリオを考え(空振りを恐れず)早めに厳しめの対策を取り、結果を見ながら段階的に解除する。

第2に新型コロナに対する事実は徐々に明らかになる。エアロゾル感染や無症状者からの感染などが典型である。また、厳密な学術的事実になる前の「推定事実」が求められる可能性もある。だから少数の科学者の意見も自由に公表できることが大切だ。

第3にトランスサイエンスの部分はクラスター対策やPCR検査の対象範囲などが入る。科学的因果関係だけでなく実行体制の整備や意味付けが重要だからだ。この場合、科学者と政策担当者が綿密に打ち合わせて政策を立案するが、発表は政策担当者が行う。

第4は国民(市民)の理解が重要だ。国民の安心ということを考えると新型コロナ対策への支持率は感染者数や死者・重症者数と並んで重要な指標だ。それには政策担当者のトップがトランスサイエンスの問題を含めて直接、国民に語りかけることである。

トランスサイエンスの領域を政策担当者、科学者、国民が難しさも含めて良く理解することは3者のストレスを軽くし収束までの勇気を与えてくれるのではないだろうか。

※本記事は 日刊工業新聞2020年9月4日号に掲載されたものです。

藤山 知彦 CRDS上席フェロー

1975年東京大学経済学部卒業、同年三菱商事入社。2008年同執行役員、国際戦略研究所所長、13年同常勤顧問。16年から現職。現在、清水建設顧問など兼務。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(66)トランスサイエンス、コロナ対応に有用(外部リンク)