第65回「人材育成核に工学基盤強化」
多分野で活躍
温室効果ガス排出の大幅削減の実現には、環境・エネルギー分野におけるイノベーション創出が必要だが、そのためにはこれを支える工学系分野の基盤科学技術の強化が不可欠である。研究開発戦略センターではこれらの分野の基盤科学技術とそれを支える研究費・研究人材・研究環境を含めて「工学基盤」と定義した。そして、英・仏・独・米・豪において工学基盤をどのように維持・強化しているのかを調査した。今回は、日本における人材面の課題の一つとして挙げられた工学系博士人材の育成について紹介したい。
まず、そもそも工学系人材とはどのような人材を指し、社会の中でどのような役割を担うべきなのだろうか。ここでは「工学系の基礎的原理を踏まえて、複数の知識を統合しながら社会的課題を解決できる力を備えている人材」と定義した。こうした場合、工学の学問分野としての多様性の広がりに伴い、工学系に閉じずに多様なフィールドで活躍することが工学系人材に期待される。
産学官が連携
では、日本ではこうした工学系人材をどのように育成すべきであろうか。欧米などで実施されているインダストリーPhDプログラムの仕組みはそのヒントになると考えられる。
例えば、英国では博士課程トレーニングセンターが各地に設置されている。この制度は2013年に始まり、直近では48の大学で75のセンターがあり、1400以上のパートナー企業が参画している。パートナー企業はマーケット知識を、大学は研究に関する深い知識と研究環境をそれぞれ提供している。運営は政府とパートナー企業の共同出資による。
ここでは、政府・企業・大学は未来のリーダーを育成するという目的を第一に共有している。一方の博士課程学生は4年間の学費が支援され、研究活動の傍ら就労経験をも得ることができる。産学官からのサポートを得ながら、ビジネスの現場を身近で感じつつ研究を進めることで、自身の今後のキャリア構築に広い視点を持つことができる。
工学基盤強化は一体的に進める必要があるが、その中心にあるのは人材である。産学官が連携して工学系人材育成に取り組むことが、工学基盤の底上げをもたらし、ひいては産業界の成長そして国の成長を牽引するのではないだろうか。
※本記事は 日刊工業新聞2020年8月28日号に掲載されたものです。
東京大学大学院農学生命科学研究科農学国際専攻修了。科学技術振興機構入構、戦略的創造研究推進事業(基礎研究)、地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム、産学連携などに従事。19年より現職。環境・エネルギー分野の研究開発戦略立案を担当。
<日刊工業新聞 電子版>
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