2020年8月7日

第63回「米、重要技術に戦略投資」

製造・調達不足
米国は新型コロナウイルスによる感染者数、死亡者数ともに世界最大の国となった(7月末時点)。公衆衛生強化や経済支援のため、連邦政府と議会は総額3兆ドル近くの財政出動を実施している。政権内部の科学や国際協調を重視しない言動が注目されがちだが、各連邦機関は自らの役割に力を尽くしている。科学技術政策局(OSTP)は科学界や産業界、また他国と協力して情報を分析・発信している。国立衛生研究所(NIH)など研究開発機関はワクチン・治療薬や検査技術の開発に総力を挙げている。

社会生活では感染は拡大の一途をたどり、医薬品や医療装置・素材といった喫緊の需要への供給遅れは深刻なものとなった。国防生産法により政府が企業に医療用具の緊急生産を指示する事態にも至り、製造・調達能力の不足が浮き彫りになった。

このような状況は単なる一時的な需給悪化ではなく、米国全体の研究開発システムの構造的な偏りに起因するとの指摘もある。終戦以降、連邦政府は基礎科学を支援し、大学の技術移転を促進し、新技術・新産業の創出につなげるという一種のイノベーションモデルを作り上げてきた。シリコンバレーに代表される民間主導のエコシステムもその延長線上にある。しかし市場原理に基づくイノベーションが拡大する一方で、有事に機動的に対応できる技術基盤や人材の確保を担うべき連邦政府の研究開発投資は相対的に低下してきた(グラフ)。

政府の役割再考
今回のコロナ禍を契機として、医療やセキュリティーはじめ重要分野の技術確保に戦略的に投資すべきという議論が高まっている。米中摩擦に端を発するサプライチェーン(供給網)のリスクに対する警戒もこうした動きに拍車をかけている。議会では半導体の製造能力強化や、重要技術の研究開発への巨額投資法案が次々と出されている。特に、国立科学財団(NSF)に5年間で1000億ドルを投じて人工知能(AI)、量子、先進エネルギーなどの先端技術を開発する「エンドレス・フロンティア法案」は、戦略的な基礎研究推進策として注目される。

これらの法案は、イノベーションに果たす政府の役割に再考を迫るものでもある。法制化の成否や投資額以上に、議論が政策に与える影響を注視することが必要である。

※本記事は 日刊工業新聞2020年8月7日号に掲載されたものです。

長谷川 貴之 CRDSフェロー(海外動向ユニット)

JST入職後、地域事業、情報事業、国際事業、日本学術振興会出向などを経て、2018年より現職。米国の科学技術政策動向調査を担当。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(63)米、重要技術に戦略投資(外部リンク)