2020年7月17日

第60回「トランスディシプリナリー研究 社会課題を解決」

ワンチーム研究
新型コロナウイルスの感染拡大は大きな社会的課題をもたらした。その解決が特定分野の専門家だけで不可能なことは誰の目にも明らかであろう。

現代の社会的課題の多くは従来の科学者が扱える範囲を超えた複雑性・不確実性を持つことから、その対処には自然科学・人文社会科学の知識と市民・行政・民間企業などの科学者以外からの知識の統合を伴うトランスディシプリナリー研究(TDR、図)が必要になってきている。

企業における研究開発も同様である。研究部門が技術的課題を解決して成果を論文にまとめてもそれだけでは事業につながらない。イノベーションにおける「死の谷」を越えて複雑な社会的課題を解決し、利益を生み出すために、製造・営業などの社内各部門、顧客や規制当局、他社、大学など、多様なステークホルダーとのTDR的なアプローチが必要である。いわばワンチーム研究である。

しかし、実際にTDRを実施するには大きな障壁がある。近年、大学などにおいて学際的・横断的な取り組みの重要性の認識は高まっているものの、依然として科学の世界は教育、研究が分野別の縦割りになっている。さらに企業人が対等の立場で参加するのは簡単ではない。

先行実例を公開
経済協力開発機構(OECD)グローバル・サイエンス・フォーラム(GSF)はこの動向に注目し、各国のプロジェクトレベルでのTDRの実例を体系的に分析し、今年6月に報告書を公開している。報告書では多様な事例に触れながら、TDR参画者のインセンティブなど、関係構築時に留意すべき点や、利益相反などを管理するための仕組みに加えて、組織の枠を超えたオープンでフラットなマインドセットなどの参画者の社会的スキルの重要性が説かれている。

各国から寄せられた事例の中に、わが国から、名古屋大学・トヨタ自動車・愛知県などによる高齢化社会向けモビリティー、東北大学災害科学国際研究所の取り組み、京都大学の日ASEAN科学技術交流などが紹介されている。いずれも科学と科学外の幅広い知識を活用して、新たな知識と方策を生み出して社会的課題の解決に挑戦してきたものである。

社会的な課題に取り組もうとしているすべての人にとって、このような先行事例の調査報告は大いに役立つと思われる。

※本記事は 日刊工業新聞2020年7月17日号に掲載されたものです。

村川 克二 CRDSフェロー(科学技術イノベーション政策ユニット)

大阪大学大学院工学研究科修士課程修了。日立製作所中央研究所にて遺伝子解析技術の研究開発等に従事。2010年より科学技術振興機構にて産学連携、起業者育成等のプログラム主管を経て現職。博士(医学)。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(60)トランスディシプリナリー研究(外部リンク)