2020年2月14日

第42回「イノベ強国へ 工学基礎・基盤を高度化」

衰退目立つ
一般に科学技術と言うが、科学と技術は別物である。英語ではScience and Technologyと言い、両者を分けている。科学は自然の事物を解明しその法則を見いだす学術であり、技術は科学を人間社会に役立てる技である。

科学はそのままでは人間の社会に役立てることが難しい。そこで、工学という両者の仲立ちの学術が創られ、それを介して、社会課題解決のため、科学と技術を基にした工学的創意工夫が行われ、それが科学・技術イノベーションにつながるのである。

今回のノーベル賞は、リチウムイオン電池の研究で、日本の吉野博士が受賞した。この電池を実際に社会実装するため、多くの工学的努力が吉野博士らにより行われ、それを含めての受賞であった。

言い換えると、日本の工業力を支える高度な工学基盤があり、それがノーベル賞につながる発見を非連続なイノベーションという域に押し上げたのである。工学基盤が弱い国ではありえなかったことである。

吉野博士がノーベル賞を受賞するに至る研究開発をした1980年代は、日本は世界的な競争力を持つ工業国であり、それを支える工学の基礎・基盤も強かった。しかし、この10年以上にわたって、日本の工学基盤の衰退が目立ってきている。日本の工業界では仕方なく、海外の大学などに工学基盤に関する連携を求め、イノベーティブな製品の開発を行うところも出てきている。

認識の薄さ
イノベーションは、強い高度な工学基盤があり、それを基にした卓抜なアイデアから生まれる。物事や製品の本質を理解するための工学基礎・基盤の高度化が、最先端のブレークスルーや産業の大きなイノベーションを生み出すのである。

日本では残念ながら、イノベーションは科学的新発見によるという意識が強く、実用化に至るイノベーション創出の土台である工学基礎・基盤に対する認識が薄いと思われる。

一方、米国やドイツをはじめとする各国は、この工学基盤がイノベーション創出に対して持つ重要性を認識しており、常に、その高度化に努めている。それらの国は、高度な工学基盤を必要とする航空宇宙などの先端輸送機器分野やエネルギー機器分野で高い競争力を維持している。

逆に、日本では団塊の世代の大学や企業からの退出もあり、工学基盤が諸外国に比べ弱体化し、イノベーション創出が起きにくくなっている。

日本の工業界がある程度の世界的な地位を持っているうちに、工学基盤の高度化を図り、再度、イノベーション強国にならなければならないと思う。

※本記事は 日刊工業新聞2020年2月14日号に掲載されたものです。

佐藤 順一 CRDS上席フェロー

東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。IHI入社、取締役常務執行役員技術開発本部長、IHI検査計測代表取締役社長を歴任。日本機械学会会長、日本工学会会長も務めた。16年より現職。工学博士。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(42)イノベ強国へ 工学基礎・基盤を高度化(外部リンク)