2020年1月17日

第38回「データ駆動型 物質科学・材料開発を変革」

MIが力示す
現在、科学は大きな変革点にある。これまでの科学の方法は実験・観測データを収集し、そこから共通的・普遍的な学理を抽出し、理論体系を打ち立てていくというものであった。多くの場合、理論体系は数学的な形で表現されるが、これをスーパーコンピューター(スパコン)で数値的に解くことで定量的な議論ができるようになる。その結果、また新しい現象・分野が見いだされて、科学はスパイラル的に進化してきた。

しかし、近年、これまでに蓄積されたデータを基にして行う“データ駆動型科学”が進展している。マテリアルズインフォマティクス(MI)と呼ばれる分野で、二次電池電解質や高熱伝導性高分子などの新材料の設計開発に大きな力を示しつつある。

物質科学においては基礎方程式が確立しているので、スパコンによる計算物性データが大量に得られる。このデータを利用して物質探索を行うことができるのがマテリアルズインフォマティクスの利点であるが、それだけでは不十分で、実験データは必須である。

しかし、材料の実験データを得るにはコストがかかるため、実験データの量は機械学習の観点からは著しく少ないのが現状である。このスモールデータ問題はデータ科学的にも新しい課題となっており、転移学習という学習手法が効果的との研究もある。

ロボティクス
材料データの生成・収集を高効率に行うために、ロボティクス技術を活用することが提案されている。ロボティクス技術の活用により、プロセスデータを精緻に取得できるので、これを解析するプロセスインフォマティクスによって合成工程を合理化できる。

ただし、ロボティクス技術によって合成段階が省力化・短縮化されたとしても、得られた物質の特性評価に時間がかかっていては全体の研究開発効率が落ちてしまう。計測結果からノイズなどを除去し適切に物理量を抽出することは、これまで実験研究者の技量とされてきたが、ここにデータ科学を取り入れた計測インフォマティクスにも取り組まなければならない。

データ科学の融合的な活用は、物質科学の研究を大きく変えるだけでなく、材料開発の在り方そのものを刷新する可能性がある。研究目的の企画力と、得られた結果の意味を見抜く力が、研究者・技術者には今後、ますます要求されるだろう。

※本記事は 日刊工業新聞2020年1月17日号に掲載されたものです。

伊藤 聡 CRDS特任フェロー(ナノテクノロジー・材料ユニット)

筑波大学大学院工学研究科博士課程修了。東芝、理化学研究所を経て、物質・材料研究機構。現在、JSTイノベーションハブ構築支援事業「情報統合型物質・材料開発イニシアティブ」プロジェクトリーダー。工学博士。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(38)データ駆動型、物質科学・材料開発を変革(外部リンク)