2019年12月20日

第36回「ライフサイエンス研究 中国、世界に存在感」

感染症研究
昨秋、中国のライフサイエンス研究の現場を訪問し、その発展ぶりを改めて確認した。クライオ電子顕微鏡など最新鋭機器を大規模導入し、論文数での進展も著しい(表)。

ライフサイエンスの1分野である感染症でも中国は世界を先導しつつある。中国は感染症で苦い経験がある。2002年11月から翌年7月にかけて流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)は、経済発展途上にあった中国の国際的な評判に大きな傷をもたらした。

また、ウイルスの変異によって人間にも伝染する可能性があるとされる鳥インフルエンザも、中国国内で時々猛威を振るう。さらに、最近はアフリカ豚コレラが蔓延し、中国人が好んで食する豚肉の価格を高騰させている。従って感染症研究とその対策は、中国研究開発の重要事項の一つになっている。

チャーター機
前述の訪問時に、中国疾病予防制御センター主任の高福博士と懇談する機会があった。高博士は中国感染症研究の大家で、東京大学医科学研究所との協力の成果などにより日経アジア賞や日本国外務大臣表彰を受けている。その高博士との懇談の中で出された、エボラ出血熱に関わるエピソードを紹介したい。

エボラ出血熱はアフリカ大陸を中心に発生しており、患者の血液や分泌物などから感染する。感染すると、頭や腹部の痛みとともに高熱を発し、消化器や鼻から激しく出血して死に至る。その致死率は50-80%に達するといわれ、日本でも多数の外国人が訪日するオリンピックでエボラ出血熱の伝播を防げるかが課題となっている。

アフリカ諸国と深いつながりを有する中国は、多くの国民をアフリカへ派遣しており、エボラ出血熱の治療やワクチンの研究開発などに積極的に貢献している。その先頭に立つ高博士は、14年の西アフリカにおける流行の際、なんとチャーター機を使ってスタッフ総勢60人とともにシエラレオネに赴き、2カ月間滞在して病気の診断・治療、調査研究を進めたという。圧倒的な物量とエネルギーによる、現在の中国の科学技術の進め方の一端を示すものであろう。

もちろん、資源投入の瞬間値がそのまま国の科学技術力を反映するほど事は単純でない。しかし日本の将来選択に向けて把握すべき、発展する中国のありようを示す象徴的な出来事といえるのではないだろうか。

※本記事は 日刊工業新聞2019年12月20日号に掲載されたものです。

林 幸秀 CRDS特任フェロー(海外動向ユニット)

東京大学大学院工学系研究科原子力工学専攻修士課程修了。内閣府政策統括官(科学技術政策担当)、文部科学審議官、研究開発戦略センター上席フェロー(海外動向ユニット担当)を経て、19年4月より現職。国際的な科学技術力の比較および中国の科学技術力の分析を実施している。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(36)ライフサイエンス研究 中国、世界に存在感(外部リンク)