2019年11月22日

第32回「未来産業の基盤 米、新興技術に重点投資」

主導権狙う
米国の科学技術政策には、日本の科学技術基本計画のような総合的な計画は存在しない。行政府の中心たる大統領府が科学技術戦略の基本的な方向性と優先事項を毎年提示し、省庁や科学技術関連機関がそれぞれ戦略を策定している。また、行政府のみでなく、予算編成権を持つ議会や政策コミュニティーが政策形成に大きな影響を与えることも特徴である。

トランプ政権はこれまでまとまった科学技術イノベーション政策を示していないが、安全保障と経済成長のための科学技術は発足当初から一貫して重視している。ここ1年は、未来産業の基盤となる新興技術の研究開発に戦略的に投資し、米国の主導的地位を確保しようとする動きが見られる。

政権の科学技術全体の方向性を知る上で重要な文書に、大統領府が示す「予算教書」と「研究開発予算の優先事項覚書(以下、覚書)」がある。行政と立法の厳格な分立に基づく大統領制をとる米国では、行政府には予算案や法案を議会に提出する権限はないが、予算編成に関する大統領の見解を示す「予算教書」を作成して議会に提出することができる。一方、「予算教書」の約半年前に示される「覚書」は、大統領府が各省庁に対し、優先すべきと考える研究開発分野を示し、予算教書作成の作業方針を明らかにするものである。

5つの優先領域
2021年度予算に係る「覚書」は、19年8月30日付で発表された。ここでは、表に示す五つを優先領域として挙げている。20年度「覚書」との違いは、まず「安全保障」領域に、米中の対立を踏まえて半導体や戦略鉱物の安定・安全な供給確保などを含めている点である。

また、新たに加わった「未来産業」領域では、将来の産業の要となる三つの新興技術(AI・量子情報科学・コンピューティング、先進通信ネットワークと自律システム、先進製造)を特定している。米国では19年度より「AI」「量子」「先進製造」などの国家戦略の策定が相次いでおり、21年度にはさらなる重点投資が行われる可能性がここに見て取れる。

今後は、21年度「予算教書」で予算の基本的な枠組みが示され、これを受けて議会が予算を編成する。ただし大統領と議会の対立から、審議が長引き大統領の方針とは一部異なる予算が成立し得ることには留意が必要だ。

※本記事は 日刊工業新聞2019年11月22日号に掲載されたものです。

冨田 英美 CRDSフェロー(海外動向ユニット)

米インディアナ大学大学院医科学研究科修士課程修了。チバ・ガイギー(現ノバルティスファーマ)国際科学研究所研究員などを経て、16年より現職。学術博士。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(32)未来産業の基盤 米、新興技術に重点投資(外部リンク)