2019年11月1日

第29回「量子コンピューター 応用可能性を注視」

キラーアプリ
量子コンピューター(量子コン)は、量子力学の原理を利用して計算する次世代コンピューターだ。マシンの開発とあわせ、産業界の量子コン導入を促す説得力のある「キラーアプリ」の探索も始まっている。

1990年代後半の第1次ブームでは、素因数分解や検索という魅力的な応用が研究開発を牽引した。第2次ブームでの本命は、量子化学計算と機械学習だ。

量子化学計算は分子や結晶の性質をシミュレーションで予測する計算で、材料や創薬などの産業に直結する。その心臓部には多数の電子の量子力学的振る舞いを計算する複雑な部分があり、通常は経験的に“うまくいく”近似法で計算する。

量子力学現象を無理なく表現できる量子コンなら、より効率よく近似計算できそうだ。ただし、量子コン版の近似法が従来法よりいつでも高精度という保証はなく、量子コンに向く問題設定の発見が待たれる。

一方、機械学習は明示的な方程式やルールを用いずにデータに潜むパターンだけから予測を行う計算で、問題設定は量子力学とは無関係である。しかし、機械学習で頻出する行列・ベクトルの計算は、量子力学が持つ線形代数の構造を使えば効率的に計算できそうだ。

これは、量子力学現象がたまたま行列やベクトルできれいに記述できる偶然に支えられている。従来法と比べて量子版の機械学習が優れている保証は十分ではないが、汎用性を考えるとキラーアプリとして探索する価値は十分にある。

ムーンショット
実際のところ、量子コン実現は“ムーンショット”であり、道のりは長そうである。量子ビットの集積化と量子ゲート操作の高精度化の同時追求は容易ではない(図)。汎用性を鑑みれば、キラーアプリが不明確なのはある程度は仕方ないが、国の研究開発プロジェクトが「作ったが使えない」結果に陥らぬよう、応用の想定には国民の注視が必要だ。

特定の問題で量子コンがスパコンを凌駕する「量子超越性」の実験実証が今年10月に報じられたことは記憶に新しい。いまのところ問題設定に実用性はないが、これを機に、量子コンの秘められた演算能力を実用問題に結びつける競争が過熱するだろう。

キラーアプリが何になるにせよ、その応用可能性が駆動力となって量子技術全体の研究開発が活性化される期待を抱き、今後も分野の潮流を見守りたい。

※本記事は 日刊工業新聞2019年11月1日号に掲載されたものです。

嶋田 義皓 CRDSフェロー(システム・情報科学技術ユニット)

東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻博士課程修了。日本科学未来館で科学コミュニケーターとして展示解説や実演、展示制作に、JST戦略研究推進部でIT分野の研究推進業務に従事後、17年より現職。博士(工学、公共政策分析)。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(29)量子コンピューター 応用可能性を注視(外部リンク)