第28回「ノーベル賞を機に考える 今こそ変革に挑め」
未来の電池へ
吉野彰さんのノーベル化学賞受賞が決まったことで一躍話題になったリチウムイオン電池は、今や数十億人が毎日持ち歩く。日本企業の成果が、生活を支えインパクトをもたらしていることが誇らしい。
それでも電池の科学的な現象には、未解明の謎が多く残されている。再生可能エネルギーや電気自動車、デジタル社会の実現にはまだ性能的にも資源制約的にも不足で、次世代電池の研究開発が世界的なターゲットになっている。日本でも次世代型の候補とされる全固体電池をはじめ、金属空気電池など将来の要請を見越した挑戦が産学官連携の国家プロジェクトとして展開している。
しかし今、日本は将来へ向けて待ったなしの状況にある。特に電池を構成する新材料の設計・探索や、高性能・安全性の実現には、材料を統合化するプロセスと基盤となるサイエンスが重要になる。
こうした課題には、従来の基礎、応用開発、産業化というリニアモデルでは太刀打ちできない。基礎と応用開発、アカデミアと産業界とが、分析的研究と構成的研究とをフィードバックし合いながら難問に挑戦する必要があるが、その道のりは険しい。
日本の課題は、大学や国研、大企業、ベンチャー企業がダイナミックに連携するエコシステムの形成にあり、基礎と応用の両方がスパイラルアップしながら中長期的に進化発展していく形を築くことである。
求められる変革
ノーベル賞受賞を機に日本では基礎研究の重要性が指摘され、研究力低下の懸念が叫ばれる。しかし予測のできない基礎研究にあって、学理の解明・構築の力を着実なものとするには、今回のような研究成果が産業としてグローバルに展開し、その成長の結果が資金としても次の基礎研究へと循環するような、より大局的なエコシステムが求められる。純粋な科学か役に立つ研究か、どちらが大事という二元論ではない。
これほどの研究成果を生み出しても、今やその恩恵を最大化する勝者はITプラットフォーマーである。スマホなどの製品でも日本企業の大半は駆逐された。日本発の大発明に基づく社会・経済的な恩恵の多くを、日本は生かし切れなかった。この根本にはエコシステムの形成を阻害する慣習や、世界から取り残された意思決定スピードがある。変革に踏み出すのは今であり、次世代のリーダーシップを育む責任が私たちにはある。
※本記事は 日刊工業新聞2019年10月25日号に掲載されたものです。
<執筆者>
永野 智己 CRDSフェロー/総括ユニットリーダー
学習院大学理学部化学科卒、グロービス経営大学院経営学修士(MBA)。主にナノテクノロジー・材料・デバイス分野や異分野融合促進の戦略立案を行ってきた。JST研究監、文部科学省技術参与を兼任。
<日刊工業新聞 電子版>
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