2019年10月4日

第25回「科技・社会の全体像捉えよ」

方向性見定める
現代は激しい変化のただ中にある。しかし、現代社会が科学技術の成果を取り込む形で成り立っていることに鑑みれば、科学技術と社会の全体像を捉え、今後の方向を見定めることは非常に重要である。

科学技術における分野の専門化・細分化が進んでいると言われて久しい。今日ではそれに加え、科学技術と社会との関係が深化しており、その関係性も含めた全体像は極めて複雑なものとなっている。

この社会との関係の中には、例えば科学技術の発展が本当に人間の幸福につながるのかという根源的な問いが含まれている。あるいは、昨今の米中対立に見られるように、研究開発競争が一因となって国際関係が形成されるという政治的側面までもが含まれる。

しかし、複雑な全体像を複雑なまま捉えることは困難であり、何らか特定の視点から科学技術や社会の動きを描出する作業が必要となる。科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センターが今年7月に刊行した「研究開発の俯瞰報告書 統合版(2019年)」はこの作業への一つの試みである。

研究開発の変革
同報告書を基に、近年進展著しい情報技術(IT)の視点から全体像を眺めてみたい。1990年代にインターネットが普及して以降、買い物やもろもろの手続きをネット上で行うことが普通になり、ほんの数十年の間に人々の生活様式が目に見えて変わった。また、GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)、バイドゥ、ファーウェイなどに代表される巨大なインターネット関連企業が世界の市場と技術開発をリードするようになり、世界の産業構造も大きく変わった。

人工知能(AI)のような特に重要な技術については、技術力の有無が国力を左右するという認識の下、企業間だけでなく国家間レベルでの開発競争が繰り広げられている。さらに、生命科学やナノテクノロジーといった先端分野においてはITを活用した手法により研究開発自体の変革も進んでいる。

これらはITの便益を追求する動きであるが、他方でAIが人間の行動をコントロールするために利用されるのではないかといったITの負の側面も提起されている。今後はITがもたらす利益と不利益を比較しながら、研究開発の方向を考えていくことが必要である。

※本記事は 日刊工業新聞2019年10月4日号に掲載されたものです。

<執筆者>
渡邊 英一郎 CRDS企画運営室参事役

94年京都大学大学院工学研究科修士課程修了、同年科学技術庁(現文部科学省)入庁。文科省放射線規制室、科学技術・学術政策研究所、国際原子力機関(IAEA)出向などを経て、18年より現職。

<日刊工業新聞 電子版>
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