2019年8月30日

第20回「ELSI/RRI 適切な科学発展促す」

正負両面の影響
科学技術は産業発展や経済成長に重要な役割を果たしてきたが、同時に公害や薬害問題、原子力事故、環境問題など負の影響ももたらした。科学技術と社会の関係が深まる中で注目を集めるのが「ELSI(倫理的、法的、社会的課題)」や「RRI(責任ある研究・イノベーション)」といわれる概念である。

ELSIは、研究開発成果が社会に与える倫理的・法的・社会的課題をあらかじめ検討するもので、初めて本格的に取り組まれたのは1990年開始の米国ヒトゲノム解読プロジェクトといわれる。

RRIは、研究開発の直接の当事者である研究者だけでなく、研究開発を推進する政府、社会実装を中心的に担う企業・産業界、成果を受け取る市民やコミュニティーなど多様なステークホルダーが参画し、社会が受容可能な形での科学技術の発展を目指して、適切なガバナンスの下で科学技術を推進すべきとする考え方である。RRIは特に欧州で発展し、欧州最大の研究・イノベーション支援プログラムであるHorizon2020などで実施されている。

広がる対象
ELSIやRRIを踏まえた議論は、バイオテクノロジー、インターネットなどの情報通信技術、ナノテクノロジーの安全性へと対象を広げ、さらにAI、脳科学、データ科学へと拡大し続けている。また近年は、科学技術には持続可能社会の実現への貢献や地球規模課題への対応など、社会の求める価値の創出が期待されている。そのため、早期からステークホルダーの参画・議論を通じて多様な価値観を反映するELSIやRRIの理念は、諸外国の科学技術イノベーション政策で戦略的・基盤的な柱の一つに位置付けられている。

わが国でのELSIやRRIの位置付けはどうか。政府が法律に基づき策定した第5期科学技術基本計画では、「共創的科学技術イノベーションの推進」として、多様なステークホルダーによる対話・協働や倫理的・法制度的・社会的取り組みを推進するとされている。しかし実態は部分的・一過性の取り組みが多く、定着しているとは言い難い。

科学技術があらゆる人々に深く関わる現代では、研究者だけでなく市民、政治、企業、行政、コミュニティーなど、社会のさまざまな構成員が自身のこととして主体的に関わり、社会全体として科学技術に取り組むことが期待される。

※本記事は 日刊工業新聞2019年8月30日号に掲載されたものです。

<執筆者>
吉田 和久(科学技術イノベーション政策ユニット)

東京大学大学院農学生命科学研究科修了後、文部科学省入省。基礎研究振興、原子力研究開発などの科学技術政策に従事、15-18年在インド日本国大使館勤務を経て、18年より現職。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(20)ELSI/RRI 適切な科学発展促す(外部リンク)