第19回「量子科学技術 常識を超えると期待」
投資が活発化
世界各国で、量子力学に特有な性質を最大限に活用した「量子科学技術」に熱い視線が注がれている。わが国でも国家戦略の策定と大型投資への動きが活発化してきた。では一体、これから私たちはどのような方向を見据えればよいだろうか。
もともと原子や電子などの動きを扱う量子力学は、20世紀に半導体技術の基礎となった学問である。それが21世紀に入り、レーザー技術、エレクトロニクスの進展により量子状態をある程度制御できるようになったため、量子科学技術の研究開発へと急速に歩を進めてきた。
量子科学技術の主な領域には、現在のコンピューターの性能を凌駕する量子コンピューターや、従来手法を超える感度や空間分解能を得る量子計測・センシング、さらには強固なセキュリティーを担保できる量子暗号・通信がある。加えてこれらの技術領域を支える、量子状態を形成しうる物質・材料群を取り扱う量子マテリアルの領域も重要な柱である。
これら一連の研究開発は、現在の常識を覆し、将来の社会に大きな変革をもたらす可能性を秘める。例えば量子コンピューターは、スーパーコンピューターでも解くことが困難な問題を高速かつ低消費電力で計算できる可能性があり、人工知能(AI)分野への応用も期待される。
また、量子計測・センシングは高精度・早期の診断を可能とし、それに基づく新しい治療法の実現など、医療・ヘルスケア分野への応用が見込まれる。さらに、人類が知りうる限り最高の暗号化技術を使った情報通信ネットワークも、安全・安心社会の実現に向けて不可欠な研究対象になっている。
競争力を左右
このような研究開発が将来の安全保障や経済競争力を左右する、と認識する国は多い。米国、欧州や中国を中心に、年間100億円以上の規模で政府投資がなされている(図)。わが国でも、一体的な取り組みによりイノベーションを強化推進するための国家戦略を政府が策定中である。
量子科学技術にはまだ基礎段階の研究開発が多く、ここにわが国の強みがある。産業界の新たな潮流を促すイノベーションも重要であるが、明確な目標に向けた短中期的な研究だけでなく、基礎・基盤研究の底上げや裾野の拡大、人材育成などにも長期的視点で取り組むことが必要であろう。
※本記事は 日刊工業新聞2019年8月23日号に掲載されたものです。
<執筆者>
八巻 徹也 CRDSフェロー(ナノテクノロジー・材料ユニット)
東京大学大学院工学系研究科修了、博士(工学)。日本原子力研究所(当時)、日本原子力研究開発機構、量子科学技術研究開発機構にて量子ビーム材料科学の研究開発を経て現職。文部科学省「光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)」のアドバイザリーボードメンバー。
<日刊工業新聞 電子版>
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