2019年7月26日

第16回「フランスの科学技術力 「混成研究」が源泉」

高い論文被引用
フランスの科学技術というと、国主導の原子力や宇宙航空の分野での活躍を除けば、全体像や実力はよく知られていないのではないだろうか。日本の政策立案上も、米英独の実情を見れば参考となることはすでに多い。

フランスの研究者数や研究投資額は多いとはいえず、また競争的資金を増やすべきと旗を振る欧州研究圏(ERA)でも優等生とは言い難く、さらに採択率は低いため研究者は満足していない。しかしそれでいて論文の質を示す相対被引用度は高く、米英独とトップ集団を作る。

高い研究の質をもたらす力の源泉を見つけることは難しいが、研究現場からの視点では、例えば研究の着想・研究費受領・着手までの時間、競争的資金の割合・多様性と使途の自由度、人事や人件費の柔軟性、チームの立ち上げ速度、研究者の混成度合い、研究者の密集度、専門的なコミュニケーションの速度などが着目に値する。計測の困難さはあるが、こういう点でも米国はおそらくトップクラスであろう。

ではフランスの力の源泉はどこにあるか。注目すべきは、巨大な基礎研究機関である国立科学研究センター(CNRS)が中心となって全国837カ所の大学建屋内に設置している「混成研究ユニット」(UMR)である。UMRはアンダーワンルーフ(“ひとつ屋根の下”)型ラボとして50年以上前に起源を持つ。

図に示すように、UMRではフランスの公的部門11万人の約半数(4万4000人)の研究者、教育者が組織的・物理的に一緒になっている混成状態が作られている。公的研究機関も博士課程学生やポスドク(博士研究員)の養成を担う形でしっかりと組み込まれている。

広く・深く・速い
またタレスやソルベイなど大企業やスタートアップ企業、中小企業もそれぞれ工夫してUMRに研究者やチームを送っている。UMRの組織的な見直しも内外の専門家の知識を集約して行われる。加えて多数の研究者、教育者を縦横断的に集める課題ごとの研究グループ会合(GDR)を適時開催し、研究成果を広く共有することで、新たな科学的な価値を求める極めて有効な場を提供している。

課題も多いフランスの科学技術だが、ある種不思議な力の源泉は、この「広く、深く、速い混成状態」にあるのではないか。米英独から目を転じ、この姿をじっくりと眺めてみてはどうであろう。

※本記事は 日刊工業新聞2019年7月26日号に掲載されたものです。

<執筆者>
白尾 隆行 CRDSフェロー(海外動向ユニット)

千葉大学理学部卒。1974年科学技術庁入庁。官房審議官で退官。在外は在フランス日本国大使館一等書記官、国際ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム機構事務局次長(フランス・ストラスブール)、ITER国際核融合エネルギー機構(同・カダラッシュ)機構長室長を経験。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(16)フランスの科学技術力、「混成研究」が源泉(外部リンク)