2019年7月12日

第14回「植物分子農業 高付加価値の物質生産」

有望な市場
石油化学に依存した経済から生物由来品ベースの経済へと転換を図る「バイオエコノミー」への関心の高まりから、よりサスティナブルな物質生産として「植物分子農業」が注目を集めている。植物分子農業では、植物バイオテクノロジーによって高付加価値物質を生産する。

植物の栽培は微生物や動物細胞の培養に比べ安価であること、ヒトに感染する病原体は植物には感染しないため安全性が高いこと、植える植物の本数を変えるだけで研究開発段階からのスケールアップや生産量調整が容易なこと、などが利点である。

米大手市場調査会社のBCCリサーチによると、植物由来医薬品の世界市場規模は2017年で約3.1兆円、22年には4.2兆円に達する見込みで、成長率5.9%の有望市場とされる。現在、市場の大部分は抗がん剤のパクリタキセルなどの植物抽出物質であるが、着実に実用化が進む注目分野は、植物バイオテクノロジーによる抗体やワクチンなどのたんぱく質系の医薬品原体生産である。

田辺三菱製薬の子会社であるカナダのメディカゴによるインフルエンザワクチンの生産は、植物分子農業の好例である。メディカゴでは、タバコの一種ベンサミアナを使った植物バイオテクノロジーによるインフルエンザワクチンを開発し、17年から7カ国で治験を進めており、20年には発売される見通しである。

日本でも、植物を使った独自の医薬品開発が進んでいる。コメのたんぱく質顆粒と呼ばれる部分に、遺伝子導入技術でワクチン成分、あるいはスギ花粉などのアレルゲン物質を蓄積させ、食べるワクチンや食べるスギ花粉症緩和剤として利用するのである。コメのたんぱく質顆粒は常温で長期保存しても、炊飯後も変性しないことが分かっており、経口コメ型ワクチンは、冷蔵も注射器も不要な画期的なワクチンとして期待されている。

存在感を発揮
現在、経口コメ型コレラワクチンとスギ花粉米については、産学協同体による実用化を目指した開発が進んでいる。医薬品としての規制や遺伝子組み換え植物の社会的受容、産業用野外栽培のルールなど、さまざまな規制が整備される必要があるが、実用化されれば植物分子農業の新たな一角として大きな存在感を発揮するに違いない。

※本記事は 日刊工業新聞2019年7月12日号に掲載されたものです。

<執筆者>
桑原 明日香 CRDSフェロー(ライフサイエンス・臨床医学ユニット)

東京大学大学院理学系研究科博士後期課程修了。英国、スイスでの8年間の基礎植物学研究を経験後、現職。グリーン・テクノロジー分野の研究開発立案を担当。理学博士。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(14)植物分子農業、高付加価値の物質生産(外部リンク)