第12回「バイオ材料 健康・長寿社会に貢献」
延伸の土台
わが国では平均寿命が年々延び、1975年に男性71.73年、女性76.89年だったものが、17年には男性81.09年、女性87.26年と発表された。この40年で男女とも10年近く長生きになったといえるが、一方で健康寿命(健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間)と平均寿命には約10年の開きがあり、これは21世紀に入ってから縮まっていない。人生の不健康な期間をできる限り短縮して健康寿命を延ばすことが、何より重要となっている。
健康寿命の延伸に必要な医療・健康技術の実現には、その土台となるバイオ材料の研究・開発が欠かせない。バイオ材料とは、生体組織や細胞、体液などの生体を構成する成分に接して使用される材料のことを指し、コンタクトレンズや歯の治療材料、人工骨のように直接体に触れて、あるいは体内で使われる材料もあれば、細胞の培養基材など、体外で検査や研究目的に用いられる材料もある。生体となじみやすい性質(生体適合性)を有することが不可欠であり、わが国ではこれまで高分子を中心に優れたバイオ材料が開発されてきた。
しかしながら、新しい医療・健康技術の実現には、生体となじみやすいことに加えて、生体との間で生じる現象を高度に制御する機能をもつ材料が必要である。すなわち、多様な生体環境に適応して、生体との相互作用を積極的に活用し、制御する機能が重要であり、このような機能をもつ材料を我々はバイオアダプティブ材料と呼んでいる。例えば、生体組織が再生し機能を発揮するように体内で細胞を誘導する材料や、生体と物質・情報をやりとりすることで検査・診断・治療をおこなう材料が挙げられる。
視点・知識を集結
バイオアダプティブ材料の創出には、材料が使用される生体環境場の科学的な定義と、材料に求められる機能の明確化が必要であり、それにはわが国の高度な材料技術を支えてきた工学・理学に加え、医学、生物学、情報科学などの分野の視点・知識を集結する必要がある。異分野の研究者が忌憚なくディスカッションできる連携・融合の場をつくり、異分野間コミュニケーションを促進することによって、さまざまなバイオアダプティブ材料が生み出され、健康・長寿社会の実現につながると期待している。
※本記事は 日刊工業新聞2019年6月28日号に掲載されたものです。
<執筆者>
荒岡 礼 CRDSフェロー(ナノテクノロジー・材料ユニット)
東京工業大学大学院理工学研究科博士課程修了。JST戦略的創造研究推進事業においてナノテクノロジー・材料分野の研究推進業務を担当した後、現職。博士(工学)。
<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(12)バイオ材料、健康・長寿社会に貢献(外部リンク)