2025年8月22日

第301回「フィジカルAI 人介さず直接やりとり」

人型ロボ進展
中国・北京で4月、人型ロボットが競争するユニークなマラソン大会が開催された。このイベントはわが国や欧米と同様に、中国でもAI(人工知能)を搭載した人型ロボット開発が活発になっている一端を示していると言えるだろう。その背景には、近年、特定のパターンやルールを高精度に認識する「深層学習」や大量のデータを学習し多様なタスクに対応できる「基盤モデル」が進展していることが根底にある。

2017年から毎年開催されているロボットの機械学習の国際学会「CoRL(カンファレンス・オン・ロボット・ラーニング)」は、機械学習とロボット工学(ロボティクス)に関する学会として勢いを増しており、論文投稿数は初回の170件から、24年には693件に達した。図に24年の発表に出てきた特徴的な用語を示すが、ロボットに適した強化学習や模倣学習のみならず、ロボットとはあまり関係がなさそうな大量の文章を学習した「大規模言語モデル」や、ノイズの付加と除去のプロセスを学習することでデータ生成を行う「拡散モデル」をロボットに応用する研究も進んでいることが見て取れる。

人手不足解消へ
JST研究開発戦略センター(CRDS)は25年5月に「フィジカルAIシステムの研究開発~身体性を備えたAIとロボティクスの融合~」を公表した。フィジカルAIとは、変化する状況の中でもタスクを確実に遂行する「身体性を備えた人工知能」である。フィジカルAIをロボットなどの人工物に搭載したシステムは、人間を介さずに周辺環境と直接やりとりを行う。

このようなロボットへの社会的ニーズが、人手不足の顕在化で高まっているにもかかわらず、介護現場などでの活用が十分に実現していない現状を踏まえ、実用化を進めるためには技術的な研究開発と同時に、社会に受け入れられるための安全性や社会的影響の研究も必要であることを提案している。

現在のロボットは、決められた作業を早く正確に繰り返すことは得意だが、柔軟性が求められる作業にはまだ十分に対応できない。

フィジカルAIシステムの開発が進めば、倉庫で荷物を動かしたり、キッチンで料理をしたりといった人間の作業を代替することで人手不足が解消され、人に代わって雑用や家事を遂行する社会が期待できるかもしれない。技術の進化がもたらす新たな未来は、私たちの目の前に迫っている。

※本記事は 日刊工業新聞2025年8月22日号に掲載されたものです。

<執筆者>
青木 孝 CRDSフェロー(システム・情報科学技術ユニット)

東京大学大学院情報工学専攻修士課程修了。情報関連企業でロボットの研究・開発に従事後、スーパーコンピューター「京」の開発や、研究所技術の事業化マーケティングを担当。18年より現職。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(301)フィジカルAI 人介さず直接やりとり(外部リンク)