第273回「効率的な水利用 ミクロな科学がカギ」
水は生命や健康、産業活動に不可欠であり最も身近な物質であるが、その性質の多くはいまだ解明されていない。世界的な人口増加と経済成長を背景に需要増加は著しく、水の確保は重要な課題だ。その解決のためには浄水処理や海水淡水化が行われるが、多くの電気エネルギーを要する。発電所の冷却には大量の水を使用するなど、エネルギーの供給にも水を必要とする。ほかにも、エネルギーの長期貯蔵や代替燃料として注目される水素の製造などには原料として水が必要になる。
界面の水に迫る
このように水とエネルギーの問題は密接に関連しており、水に関わる技術の向上による双方の効率的な利用へつなげるためには、水分子の振る舞いまでをも見るような、ミクロなスケールからの水の理解が欠かせない。
特に材料などの物質の表面と水が接する界面とその近傍はそれぞれが影響し合う重要な領域だ。そこでは、物質の表面に水分子が吸着し、その上に数層の水分子が重なる構造をとる。水が関わる多くの物理現象や化学反応は、物質の表面にある原子や分子と関わり合いながら水分子が移動したり、水分子同士が交換されたりすることにより進行する。
例えば、水に含まれる不純物を取り除く水処理膜は、複数の小さな孔で不純物をふるい分け、水のみを透過させる。この孔の中では、膜材料表面の原子や分子が界面の水分子に影響を与え、その動きを変化させている。
その原因や機構を詳細に理解し、水分子の動きをより円滑にする膜材料の設計に役立てることができれば、高い水処理性能と省エネルギーを両立できる可能性がある。また、水電解や人工光合成など水素製造に必要な技術は、水と物質の界面近傍で生じる反応の制御が肝である。そこでの水の振る舞いの理解は、反応効率の向上に寄与し得る。
観測技術に期待
ミクロなスケールからの水の理解には、水分子の状態を可視化することが欠かせない。わが国では次世代放射光施設「ナノテラス」の運用が始まり、水分子の電子状態まで観測することが可能となった。
しかし水の観測には課題も多く、界面近傍を動き回る水分子を捉えるまでには至っていない。これを打破する新たな発想の研究に期待が寄せられる。
水の利用や水が関わる反応の効率向上は、水とエネルギー双方の安定供給に貢献し得る。そこでは界面における水の振る舞いが重要な役割を果たす。ミクロなスケールからの水に関する科学的知見の獲得が、技術開発を進めるカギとなるだろう。
※本記事は 日刊工業新聞2025年1月24日号に掲載されたものです。
<執筆者>
坪井 彩子 CRDSフェロー(環境・エネルギーユニット)
千葉大学融合科学研究科博士課程修了。2015年入職。科学技術情報連携・流通促進事業、戦略的創造研究推進事業での業務に従事し23年4月より現職。博士(工学)。
<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(273)効率的な水利用、ミクロな科学がカギく(外部リンク)