SCIENCE AGORA

日本の技術とソーシャルビジネスで社会課題に挑む

■開催概要/Session Information

■登壇者/Presenters

■レポート/Session Report

世界に変革を起こす“他者のためのビジネス”

バングラデシュの経済学者でノーベル平和賞受賞者のムハマド・ユヌス氏が設立した「グラミン銀行」を中心とした企業集合体の1社にIT・情報技術会社「グラミン・コミュニケーションズ」があります。同社と交流協定を締結した九州大学大学院は「ポータブル・ヘルス・クリニック(PHC)」を提供するなど、ビジネスによってバングラデシュの低所得層を支援しています。この支援プロジェクトについて5人の関係者が紹介しました。

本セッションではSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)自動走行プログラムディレクターの渡邉浩之氏がファシリテーターを務めました。渡邉氏は自動走行・自動運転に対する注目度が高まっているが、一般市民には自動走行とはどんな技術なのか、どれくらい進歩しているのかがあまり知られていないと指摘。「実は街を走っている車にも搭載されている」と、発展の一例を挙げ、登壇者の講演につなぎました。

貧困層を継続支援するソーシャルビジネス

最初に、九州大学大学院システム情報科学研究院准教授のアシル・アハメッド氏から、グラミン・コミュニケーションズと協定を結んだ九州大学大学院による「ソーシャルビジネスとしての健康診断システムの取り組み」が紹介されました。

アシル氏は、まず「ソーシャルビジネスとは何か?」について説明しました。現在、世界中の人口の7割に該当する人たちが、1日5ドル以下で生活するBOP(ベース・オブ・ピラミッド)層と呼ばれています。彼らは貧困のため、医療を含む生活に必要なさまざまなサービスを利用することができません。この問題を解決する手段がソーシャルビジネスであり、BOPの人たちはお金を借りて自らの力で事業を行い、貧困層から脱却できると言います。

「これまでの常識では、BOPの人たちにお金を貸しても戻ってこないと考えられていました。しかし、実際にBOPの人たちに融資して利息を含めて回収する仕組みが、バングラデシュにおいてビジネスとして成功しています」と報告しました。

レポート

遠隔健康診断のシステムを提供

現在バングラデシュでは、すでに複数のソーシャルビジネスのプロジェクトが進行しており、その一つがポータブル・ヘルス・クリニック(PHC)と呼ばれる健康診断システムを提供する仕組みです。

PHCでは、融資を受けて複数の検診器具がワンセットになったバッグを手に入れた女性が、そのバッグを持って村々を訪問し、村民に対して有償で健康診断を行います。村に住む人たちは高い交通費をかけて病院がある都心に出掛けることなく、安価に検診を受けることができます。検診結果は首都ダッカにあるコールセンターに携帯電話経由で送られ、必要に応じて医師による遠隔治療を受けることができます。コールセンターで雇用された医師も、パートタイム勤務など自分のライフスタイルに合わせた就労が可能です。「テクノロジーとアイデアで新しい仕組みに置き換えれば、BOPの起業を支援することが可能になるのです」とアシル氏。

九州大学病院メディカル・インフォメーションセンター教授の中島直樹氏から「医療の課題とポータブル・ヘルス・クリニック(PHC)の実証実験の成果」について発表しました。

先進国に限らず途上国においても、ファストフードの普及などが原因となって生活習慣病が爆発的に増加。ところが、バングラデシュでは1億5000万人の人口に対して医師はわずか5万人しかおらず、公的な医療制度もないために医師が失職し、農村部のほとんどが無医村に近い状態だと言います。中島氏はアシル氏と共に立ち上げたPHCについて、医師の観点から報告しました。

「2年間で1万6741人が検診を受けました。その結果、バングラデシュでもメタボ症状の人が多いことが分かりました。ただ、日本人と違って高齢の男性は痩せており、糖尿病の症状も少ないようです。一方で、尿蛋白の数値が高い人が日本人よりも多く、検査を受けた人の3分の1は何らかの対処が必要でした」と中島氏。

地域別に見ると、インドとの国境近くに住んでいる人達の尿蛋白値が異常に高いことが分かりました。その近くには大きな鉱山があり、そこから出る汚染水が影響を与えている可能性があるため、近く水質調査を行うとのことです。

「日本でも地方では医師が不足しており、老人は増えていくばかりです。つまり、日本の将来は今のバングラデシュのようになっていくと予想され、バングラデシュは医療における先進モデルといえるのです」と中島氏は指摘しました。

レポート

グラミン銀行―貧しい人に起業の資金提供

大阪大学未来戦略機構第一部門特任准教授の大杉卓三氏は「途上国におけるソーシャルビジネスとイノベーション」について発表しました。

2006年にノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌス氏は、バングラデシュのある村で女性に対して融資を行ったところ、その女性は期日までに利息と共にきちんとお金を返してきたそうです。そこで、複数の人に繰り返し融資を行った結果、これはビジネスとして成り立つと思い、1979年にプロジェクトを立ち上げ、その後グラミン銀行を創設しました。

大杉氏は、「貧しい人はまとまった金額のお金を必要としていないし、貸しても返せないと思われていますが、彼らもお金を必要としていて、きちんと利息を付けて返済します。また、貧しい人にはビジネスを行う能力がなく、お金を貸しても利益を生み出せないと思われていますが、資金があれば起業家となり、利益を生み出すことができます」とユヌス氏が語っている言葉を紹介しました。

「ソーシャルビジネスの原則とは、社会的な課題の解決と社会的利益の追求を目指し、ビジネスの手法によって社会課題を解決することです。他者の利益を追求するビジネスを、資本主義における新しいメカニズムとして提案しているのです」と大杉氏。

グラミン・コミュニケーションズ研究員の津野孝氏が「社会課題へのアプローチについて」に触れました。

津野氏は「目の疾患を持つ子供に対して治療を続けていたのですが、一向に改善されませんでした。結局、原因はビタミン不足という食習慣にあったのです」という事例を紹介。その場で解決手段を探すのではなく、根本的な原因を見つけ出して解決することが重要であると指摘しました。

「途上国の支援を寄付によって行うことは簡単です。でも、継続的に寄付を行っていくことは現実的ではありません。そこで、自ら起業できる環境を提供してあげることが、継続した支援となるのです」と津野氏は言います。

コニカミノルタ㈱ ヘルスケアマーケティング部地域グループリーダーの丸山則治氏は「画像診断サービスの展開」について発表しました。

バングラデシュでは、X線検査装置が100万人に1台しかありません。そこで、丸山氏らはポータブルX線検査装置を開発しました。重量は約15kgで、車で運ぶことができます。撮影した画像はその場でパソコンに送られ、すぐに画像が表示されます。丸山氏は「バングラデシュは3G方式の携帯電話が普及しているため、画像データを携帯電話でコールセンターに送って診断してもらうことができます。医師が自宅で育児をしながら読影できるようなアプリも用意しようと思っています」と携帯電話の活用の可能性を話しました。

その国に合った利用、先進国でも応用可能?

最後に、「PHCプロジェクトにおける技術開発とビジネスの可能性」をテーマに5人の発表者によるパネルディスカッションが行われました。大杉氏がモデレータとなって進行しました。

アシル氏は「最初、バングラデシュの村の人たちは(検診器具を持った女性による検診が行われるだけで)医師が来ないことに驚き、遠隔治療を理解してもらうのに苦労しました。また、検診を受けて病気かどうかを確認してから診てもらうということも、なかなか理解してもらえませんでした」と当時の苦労を振り返りました。中島氏も「検診で異常が見られても自覚症状がない人は、なぜ今お金をかけて治療しなければならないのかと、不公平感を感じていました」と語りました。

今後の可能性について、大杉氏は「(新興国で生まれたアイデアを先進国に導入して普及させる)リバースイノベーションとして、この仕組みは日本国内でも被災地などで応用できると思います」と述べ、津野氏は「その国にあったモデルにするには、実証実験をしながら試行錯誤することが必要です」と語りました。今後の課題については、丸山氏が「基本的にまだまだ医師の数が足りません。そのため、X線検査の読影作業を効率化していくことに取り組んでいきます」と語りました。

【レポーターからのひとこと】

初めて聞く「ソーシャルビジネス」という言葉。決して新しい概念ではなく10年以上も前から実践されていたことを知り、驚きました。それぞれ立場が異なる5人による発表であり、さまざまな角度からの解説を聞き、ソーシャルビジネスの特徴や可能性についていろいろと理解することができ、大変興味を持ちました。(元田光一)

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