SCIENCE AGORA

女性参画拡大を科学する
~科学技術における多様な人材の参加~

■開催概要/Session Information

■登壇者/Presenters

■レポート/Session Report

科学技術分野に女性参画拡大を

日本では女性が参画する社会づくりが進む一方で、Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、 Mathematics(数学)の頭文字から取った「STEM(ステム)」と呼ばれる科学技術分野での女性の参画が進んでいません。本シンポジウムでは、性や人種、宗教などの違い、つまり多様性を活かす取り組みであるはずのダイバーシティ活動が、負の側面をもたらすこと、また、それに対処する重要性が報告されました。さらに組織の上層部や個人の意識改革を促すために、科学的根拠に基づく取り組みの必要性が指摘されたほか、女性が幼少期からの教育の過程で、男女の役割に対する固定観念や偏見を植えつけられることが、科学技術分野に進まないことへの影響も示唆されました。

「公平」という錯覚にどう対処するか

最初の講演者であるワシントン大学心理学准教授のシェリル・カイザー氏は、米国のダイバーシティ活動から学ぶ事として、起こりうる問題と解決策を紹介しました。

米国では、大企業がウェブサイトで啓蒙活動をし、女性の視点を歓迎するイメージを創出、メンター(良き指導者)を設けリーダーを育成するなど取り組んでいます。しかし必ずしも成果につながっているわけではなく、「公平であるという妄想や錯覚を持ったり、ダイバーシティ活動から恩恵を得ると無能な人だというレッテルが貼られたり、という意図せぬ負の結果を招くことがある」と報告しました。

また、ダイバーシティ活動の一環で、同等の能力を持つ男女20名が昇格の候補者として参加したトレーニングについて説明。参加者のうち昇格の選考対象になったのは男性7名、女性3名で数からも不平等であるにもかかわらず、参加した候補者たち自身は「会社がダイバーシティ活動をしているのだから公平だ」と認識したと言います。カイザー氏は、こういった錯覚を解決するには「現場からデータを吸い上げ、検証して施策を組み、効果のない戦略は排除していくといった根拠に基づくアプローチを重ねることが重要だ」と指摘。ダイバーシティを推進する責任者を置いてプロジェクトチームを組み、個々の意識改革を促すだけではなく、組織上層部に対して、なぜ候補者に男性を多く選んだのか理由を引き出していくといった働き掛けが、改善に効果があると論じました。

ネガティブ意識の連鎖をなくす

続くデラウェア大学社会心理学助教授のシャッド・フォーブス氏は「思い込みの克服」と題して講演しました。

フォーブス氏は、女性がSTEM分野から遠ざかるのは、能力とは関係なく、苦手意識が蓄積されていくことが原因だと考えています。子どもからの成長過程で「できないと思われている」「自信がない」といった“潜在的ネガティブ意識”が根付き、心身的ストレス下ではその意識が能力に影響を及ぼすというのです。こうした典型的な潜在ネガティブ意識を持った女性は、STEM分野で恐怖観念にとらわれ、作業記憶能力が削がれてベストな結果が残せないと分析しました。

また、「ストレス下ではネガティブな情報をより記憶する」という脳科学研究の仮説に基づく、簡単な数学テストを用いた実験について報告。実験では、男女に数学テストだと念を押した上で、1問ごとに「正解」「不正解」の文字をさまざまな書体で提示し、テスト後には提示した書体を覚えているかを調べました。テスト結果自体は男女に成績差はないものの、不正解時に表示される書体をよく覚えているのは潜在的なネガティブ意識を持っている女性に多かったことが特徴的でした。「STEM分野に女性が少ない理由にネガティブ意識の連鎖がある。ネガティブな状況下で感情をコントロールできる環境を作ることや、前向きなフィードバックをすることにより改善できるのではないか」と解決策を提案しました。

レポート

女性が参画する新分野の活性化を

JST副理事の渡辺美代子氏は「ジェンダーバイアスの顕在化と社会的性差の活用方法」と題して講演。日本の研究者の女性比率が14.6%という世界的に見て低い数字であることを挙げ、これは日本の社会的環境の中で刷り込まれる性別に対する偏見が影響していると指摘しました。

2012年のOECDのデータによると、日本では高校1年の時点では男子の方が数学の成績が優れているとのこと。その高校1年時点で日本の生徒は文理を選択することが多く、女子の多くは文系を選ぶ。これは、それまでの育つ過程が、いわゆる典型的な男女の型にはまっていく構造になっていることが影響している。このために理系教育はもう少し早い段階から必要なのだと強調しました。

さらに渡辺氏は総務省のデータを分析し、研究費と研究者の数、成熟度、女性比率を算出すると、投入した研究費に対して研究者数、成熟度は比例するが、女性比率は比例していないことを明示。「女性が参画する新しい分野を活発化させ、そこに研究費を投入していくことが必要。性別に対する偏見を取り除くことに比べれば、産業分野での施策はもう少し早く対処できるはず。短期的、長期的な施策を両方やっていくことが必要だ」と訴えました。

教育と研究での不平等克服を

続いては「女性の参画拡大の科学」をテーマに九州大学理事・副学長の青木玲子氏が講演。「性の不平等は中学校ごろに根付く。仕事を選ぶ時には、職種だけではなく、それまでに受けた教育や経験、会社の福祉制度、それこそ差別やハラスメントに耐えられるか、家事を両立できるかといった事情も意思決定に影響する」と論じました。青木氏は、そのような現状でもロールモデル(模範となる人)として、STEM分野1年目に女性教師が担当すると女生徒の成績が上がり、進路としてSTEM分野を選択する女生徒が増加する事例があることや、メンタープログラムなどが不平等の克服に有効な手段であることを紹介しました。

九州大学では、2009年から科学技術人材育成補助金を活用してSTEM分野の女性職員の採用を積極的に行い、その結果、女性職員の数は2009年の177名から約2倍に増えたといいます。青木氏は「女性の機会均等である以上に、親御さんの教育も大切。STEM分野に携わる女性の数を調べるだけではなく、可能性ある人材の数、成功と失敗を科学的データで検証し、成果を上げるべく経過を研究しなければいけない」と述べました。

レポート

今できることは何か

その後に行われたパネルディスカッションでは、北海道大学経済学部教授の大野由夏氏が司会進行し、女性参画に向けて「今何ができるのか」を論議。パネリストとしてカイザー氏、フォーブス氏、株式会社リバネス代表取締役社長COOの高橋修一郎氏、浜松医科大学メディカルフォトニクス研究センター准教授の矢尾育子氏が登壇しました。

大野氏は「人材は日本にとって大切な資源。その中で女性の能力を活かしていくことは共通の認識になってきている」として、パネリストに意見を求めました。カイザー氏は「データを基に成功事例を展開していくことだ」と答え、フォーブス氏は「能力ではなく、置かれた環境により男女のパフォーマンスに違いが出る。女性に不利になる条件を排除し、戦略的に女性と男性の数のバランスを考えること、女性がロールモデルを見つけられるようにすることが重要」と述べました。

学校に出前授業などで科学教育活動をしている高橋氏は、「小中学校世代に、あるべきダイバーシティの姿を写し取ったかたちで教育活動していくことが大事」と訴えました。高橋氏が経営しているリバネスでは社員50名の全員が理系で、男女比は女性の方が多いといいますが、「自然発生的にそうなった。若い世代が組織を作ると、性差別は発生しにくいのかもしれない」との見解でした。

矢尾氏は「大学院に進み、研究者になろうという時に壁がある」と指摘、浜松医科大学には女性医師支援センターがあって、女性が出産後、復帰まで研究を続けられるようアシスタントを雇うことができるサポートなどを紹介しました。「ダイバーシティのトレーニングをすることに満足するのではなく、データに基づくフィードバックを組織の上層部に訴え掛けていくことが大事だ」と話しました。

会場からは「工学系の女子は父親の影響を受けている人が多い。父親に子供のころに教えてもらった自動車の仕組みが面白かった、など思い入れがある。ここに工学系の女子を増やすヒントがある」「中学校1年生から進路相談の相手は母親。母親の考え方が影響する」といった意見がありました。

閉会のあいさつで、JST理事の甲田彰氏は「JSTも女性の管理職をこの数年間で増やし、職員の採用は半数が女性。古い機関は変革に及び腰な傾向があるが、それを変えていく」と述べ、シンポジウムを締めくくりました。

【レポーターからのひとこと】

この日米フォーラムでは、米国から2名、日本から2名の講演者が限られた時間の中で活動事例を紹介。内容の深い研究だけに凝縮した発表はありがたくも残念で、欲を言えば、講演者を半分に減らし、ディベートに時間を割くなど解説に時間をかけて欲しかったです。特に社会問題に関する研究は、科学的根拠に基づくだけではなく、歴史的背景を科学者がどう解釈したかを伝えることに重きをおくべきではないかと思います。(柏野裕美)

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