【対談】
社会に実装される成果を目指して

社会技術研究開発センター長 森田 朗
津田塾大学総合政策学部 教授
東京大学 名誉教授

プログラム総括 山縣 然太朗
山梨大学大学院総合研究部医学域社会医学講座 教授

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分野で異なる「エビデンス」

――平成23年度に始まったRISTEX「科学技術イノベーション政策のための科学 研究開発プログラム」では、第1期、第2期を通じて36のプロジェクトが採択されてきました。これまでの取り組みを振り返って、感想やお考えをお聞かせいただけますか。

山縣 近年では、過去に採択されたプロジェクトを踏まえて応募されていることもあって、かなり目的に合ったものが出てきていると思います。大きく分けて一つは、これまでも科学政策を専門にしている方々からの提案、もう一つは、自然科学系研究者からの社会実装に関する提案です。後者の方が比較的多くなってきているように感じます。やはり、研究成果を社会に実装するということに目が向けられているのだと思います。

森田 朗

社会技術研究開発センター長 森田 朗

森田 今でこそEBPM(Evidence-based policy making: 証拠に基づく政策形成)という言葉がありますが、そもそもの出発点は、科学技術政策のように将来が不確実であるが、大規模な投資を伴う政策を、どのように作るのが合理的だろうかという問いでした。そのために当初は、シーズとしての科学技術をどう応用のフェーズに持っていくか、そしてさらにどのようにしてそれを制度化していくかというところに重点を置いて、公募や審査をやってきました。しかし、研究成果を社会に実装するには、制度化や財政面での手当てが必要で、そこに資するエビデンスについての考え方が科学技術の専門家と社会科学の専門家の間で違っていることで、なかなか前に進まないという問題がありました。

山縣 然太朗

プログラム総括 山縣 然太朗

山縣 医学ではEBM(Evidence Based Medicine: 証拠に基づく医療)という言葉があります。EBMで言うエビデンスとは、答えがある程度見えているものに対してその確率を上げていく事象を証拠として採用していく考え方です。一方で、今、森田先生が言われたEBPMの場合は、答えがなかったり不確実だったりするものに対するエビデンス。これらは当然違うものです。今回、梶川プロジェクト1のほうで、政策決定のときのエビデンスはどういう視点から評価をしなければならないのかといった提案がでてきています。あのあたりは非常に重要なプロジェクトになると思います。

森田 エビデンスの話というのは昔からありました。よくあるのは、誰かえらい人の要望や思い付きの提案に予算をつけて事業化するのはもうやめよう、もう少しロジカルになぜこうなるのか、実際それだけのニーズがあるのかを確認した上で政策を作るようにしようというケースです。もちろん、本当のエビデンスを目指している場合には、やはり厳密な意味での客観的な根拠に基づいて政策を形成することが必要です。それを実現しようとしますと、方法論的にもデータを集めるコストの点からしても、実際問題として難しい。そこで、その中間的なところ、すなわち思いつきのようなものを排除しながら、一定の根拠があって一定の成果が見込まれるような案をどうやって導出していくか。それが、めざしている現実的な政策決定の姿です。

 たとえば新しい薬の開発を例にしますと、薬そのものは素晴らしく効果のあるものであっても、価格があまりにも高くなってしまうケースがあります。国民の中に多くいる患者さんの病状をいかに改善していくかを考えると、それは非常にコストがかかります。その時に誰がそのコストを払うのかまできちんと考えた上で政策化しないと実際に多くの患者さんが恩恵を受けることができない。

 その時にどういう患者に適用するか、価格をどうするか、誰がどういう条件でそれを使うことができるか、そういうこともすべて考えないと、結局、払う段階にものすごい額になってしまう。そのあたりの全体像を射程に入れながら、できるだけ社会的に大きな効果が出るような、医療で言えば、多くの患者さんにとって救済となるような道筋を探っていくことを目指すべきでしょう。

 さもないと、開発する側は、治るんだからとにかく誰か払ってくださいと主張し、払う方からするととてもそんなお金はありませんということで、なかなかそこがつながらないわけです。これまでは、どちらかと言いますと、そういうときには力関係とか、声の大きいとか、何らかの偶然で決まっている。それをもう少しきちんとした科学的、客観的なプロセスと論理に基づいて決めましょう、というのが目指す方向です。

山縣 本当にそうだと思います。結構バイオの技術ってすごく進んでいて、できることがすごく増えてはいるけれど、それを社会が受け入れるかどうかというところがむしろ問題になっています。ニーズがないんだけど技術が先にきて、こんなものできますよといったときに、その社会実装という視点から見たときに、何のためにその技術があるのかといったようなところをもういっぺん問い直す必要があるということはあると思います。

――過去にこのプログラムでうまくいった事例に目をむけてみますと、西浦先生2、楡井先生3のプロジェクトのように、行政側のニーズをうまく汲み取れていたところがあったかと思います。

森田 そうですね。政策レベルでは、社会全体としてどうダメージを最小化するかという発想が必要です。一番典型的なのはパンデミック、つまり強烈な感染症が発生した場合です。行政学で基になっているのは国の力としての公権力です。感染者を減らし、二次感染を防ぐために、感染した人は気の毒ですが隔離して他の人に病気を移さないようにすることが重要になるわけです。そのために憲法で保障された行動の自由を、裁判も経ずに制限できる制度が存在しています。

 社会全体のダメージを最小化するためにいかに科学を使うことができるかという意味では、一つは西浦先生の、感染の規模と拡大のリスクについて数理モデルを使ってより精度高く推定するプロジェクトがあります。これが目指したのは、一定のデータがあれば今まで経験のない感染症に対しても、感染範囲の推計やそれに基づく有効な政策の指針、手掛かりを見出すことができる方法の開発です。ただ、他方では科学で可視化した結果、問題がむしろ深刻になりそうだという指摘をしたのが今中先生のプロジェクト4だと思います。

――たとえば古田先生のプロジェクト5もそうですね。常に存在しているリスクを可視化してしまうことに対する社会のガード、あるいは当事者のガード、これをうまく解きほぐしながらでないと対応につながらないように思われます。対応、つまり実装に進むにはどうすればよいのでしょうか。

山縣 難しいところですが、たとえば2019年の台風19号のときにハザードマップを見た方も多かったと思います。災害リスクがハザードマップとして目に見えることで、次の行動を考えることができます。つまり、それをどういうふうに活用できるのか、まで含めて可視化する必要があると思います。そのためのデータ、情報を入手していくためのプロセスなり仕組みをつくっていくのかが本当に重要な視点だと思います。

森田 キーワードは「社会的コミュニケーション」で、そのあり方と同時に何を伝えるかというコミュニケーションの内容がポイントです。これだけのメリットがある以上は、これだけのコストとリスクをある程度許容すべきではないかという議論がどれくらいできるか。それにはデータが必要だけれども、ないから、という話で止まっているところがたいへん歯がゆいですね。

山縣 然太朗、森田 朗

山縣 おっしゃるとおりです。イギリスでは1946年に生まれた子供たちをずっと追跡しています。一方、デンマークでは10万人のコホート研究をしていますが、住民登録制度による疾病登録を使って追跡情報が入手できます。日本でも環境省で「エコチル調査」6という、子供の環境に関する全国調査を2011年からやっていますけれども、疾病登録などがなく、参加者の申し出による情報のみで、必要なデータが十分に入手できる状況とは言えません。

森田 きちんと仕分けをして、政策のための基礎になるようなデータを蓄積していくことを制度化していくことがたいへん重要です。そのためには、そのデータにどういう意味があって、我々にとってどれくらいメリットがあるのか、このデータがあればこうなるという未来を見据えた提案をもっと期待したいところです。

変化を読み取り、知恵を集める

――今後応募されるプロジェクトには、どのような期待を持たれていますか。

森田 人口が減ってきて日本の社会が縮小モードになったときに、いかに上手にダウンサイジング、つまりどこをどう縮小して効率化し、適応していくのかという知恵が求められるでしょう。また、地球温暖化が進めばこれまでになかったような自然災害が出てきますし、情報技術もどんどん発達してきます。これまでの延長線上で政策や課題解決を考えられる時代ではなくなるときに、これからの変化というものをどうに客観的に読み取って、そこからどう解答を出していくかという研究が期待されます。

山縣 未来予測は一人でも一つの分野でもできません。いろいろな関係者を集めて共同研究で実際に議論を重ねて、いろいろな側面があることをきちんと明らかにして、こういう未来のために、今、一歩ここを上がったのだという成果を見せていただきたい。それは、楽しいことだと思います。研究者は研究を楽しまなければいけません。ただ、本プログラムの対象は政策にするための科学なので、ただただ真理を追究したいという欲求だけではなく、世の中にどう還元できるかということが常にないといけません。それは、きっと楽しいことなのです。

森田 そのときに期待されるのは、自分の言いたいことをまったく違う分野の人に説得できるようにコミュニケーションできる人材です。今までもそうでしたが、情報やデータをもとにして議論する力が必要ですね。

――実際にそういう方々がこのプログラムからすでに出てきていらっしゃると思います。未来をきちんと見通す、そのための要素を組み立てていく上で、必要な連携を具体化していく、そういった方々にご応募いただきたいですね。本日はありがとうございました。


(聞き手・黒河昭雄、まとめ・前濱暁子、編集・藤田正美)


1
H24年度採択「政策過程におけるエビデンス記述・解釈に関する調査研究」梶川 裕矢
Policy Door記事:日本のイノベーション力を高める
2
H26年度採択「感染症対策における数理モデルを活用した政策形成プロセスの実現」西浦 博
Policy Door記事:数理モデルで感染症を食い止める
3
H24年度採択「科学技術イノベーション政策の経済成長分析・評価」楡井 誠
4
H26年度採択「医療の質の地域格差是正に向けたエビデンスに基づく政策形成の推進」今中 雄一
Policy Door記事:地域医療の格差をなくす
5
H25年度採択「市民生活・社会活動の安全確保政策のためのレジリエンス分析」古田 一雄
Policy Door記事:「もう想定外とは言わせない」
6
エコチル調査(環境省)


English: Aiming for results implemented in society (PDF)