成果概要

気象制御のための制御容易性・被害低減効果の定量化[6] 気象介入手段の工学的実現

2023年度までの進捗状況

1. 概要

豪雨被害を未然に防ぐ工学的な気象介入は、人類史上本格的に取り組んだ経験のない未知のテーマであり、現在の科学技術を駆使しても決して容易な課題ではありません。仮に実現可能な方法であったとしても、安全面や倫理面に照らした慎重な事前検討が必要です。現在提案されている手法の一つとして、マイクロ波を上空の一点に照射することで大気加熱を促し、人口密集域から離れた地点に雨雲形成を誘発するマイクロ波大気加熱技術(下図)があります。この手法が気象学的な実効性を持ちうるのか、また安全性に問題がないのか、工学的な室内・室外実験に先立ち計算機上でシミュレーションを繰り返し、充分に確認を行うステップが欠かせません。

2023年度12月より開始された本項目では、マイクロ波大気加熱の実現可能性を、数値シミュレーションにもとづく机上検討を通じて検証します。2023年度内にはまずシミュレータ・プログラムを構築する上で欠かせない理論的背景を検討し、大気加熱率を定量化する物理方程式を導出しました。2024年度以降シミュレータを用いた検討を順次実施していく計画です。

2. これまでの主な成果

マイクロ波大気加熱は、大気中の水蒸気や酸素分子、ないし大気に浮遊する雲水や雨水がマイクロ波を吸収する物理過程を利用します。適切なマイクロ波周波数帯を選択することにより、大気は電磁波から効率的に熱エネルギーを受け取ることができます。大気加熱シミュレーションにあたり、まず望ましい周波数の選択が最初の検討事項となります。

上図は、地球大気のマイクロ波吸収スペクトル(気体成分のみ)を示します(“Satellite Measurements of Clouds and Precipitation: Theoretical Basis” by H. Masunaga, Springer, 2022より)。本研究では、22GHzの水蒸気吸収線と60GHzの酸素吸収線にとくに着目します。これらの周波数における大気吸収係数をσabsとするとき、電力PtでアンテナゲインGをもつマイクロ波放射機から距離r離れた大気中での加熱率を求める方程式を次のように導出しました。

ここで、右辺の指数関数項は大気中を伝搬するマイクロ波が経路上で減衰する効果を担っています。この減衰項に加え、距離と共に波束が広がりマイクロ波強度が弱まる効果(r2に反比例する項)により、大気加熱効果は放射機から離れれば離れるほど急激に弱まっていくことが予想されます。

3. 今後の展開

2024年度からは、導出した物理方程式をもとにマイクロ波大気加熱の数値シミュレーションを実施し、加熱効果の実現可能性の机上検討を開始します。当初は水平一様の理想化された大気モデルを想定し、現実的なマイクロ波放射機の想定下で充分な加熱効果が得られるか、大局的に目処を立てる解析を実施します。
自然界に発生する雨雲中では、水蒸気から雲に凝結する際に典型的には1-100℃/時間程度の凝結潜熱加熱が解放されていることが知られています。当面の研究方針として、この程度の加熱率がマイクロ波照射により達成可能か否かを実現可能性の目安として考慮します。
梅雨時から夏場にかけて日本近海の湿潤な環境場では、海面から持ち上げられた気塊は500mから1km程度の高度で凝結を始め(すなわち雲になり)、さらに上空まで上昇すると自身の浮力で急激に積乱雲へと成長します。従って、この高度範囲をターゲットに充分な強度のマイクロ波加熱を与えることができるかどうが、数値シミュレーション検証の暫定的な目標になります。