成果概要

気象制御のための制御容易性・被害低減効果の定量化[5] 海上豪雨生成に有効な介入操作の検討

2024年度までの進捗状況

1. 概要

最近の地球温暖化の進行に伴って、世界の様々な場所で豪雨がより頻繁に発生するようになっています。日本も例外ではなく、「線状降水帯」とよばれる特定の地域に数時間にわたって停滞する細長い形状をもった降水システムによる豪雨が増えているとの指摘があります。こうした背景において、本プロジェクト「海上豪雨生成で実現する集中豪雨被害から解放される未来」では、海上豪雨を人為的に強化することで、下流の陸上の豪雨を減少させることを狙っています。具体的には、「人が住む陸上ではなく、上流にあたる海上で“何らかの刺激”によって降水を生じさせて雨の種となる水蒸気を減らしてしまおう」というものです。
梅雨の時期に関して、上流に位置する東シナ海では暖かい海面からの蒸発や南西側からの大量の水蒸気の輸送によって積乱雲が容易に発達できるような環境が整っています。実際にこの時期の降水を注意深く眺めると、九州の西側の小さな島をきっかけにして、その下流で降水が連なって発達する様子が確認できます。こうした気象学的な知見から、項目5「海上豪雨生成に有効な介入操作の検討」では、(人間による)“少し”の刺激であっても海上での人為的な降水の生成・強化が可能ではないかと考えて、梅雨期の豪雨事例を対象に、陸上の降水の抑制につながるような介入操作について調べています。具体的には、「どのような場合に、どのような手法であれば有効な介入が可能か?」を明らかにすることを目標にして、過去に生じた豪雨事例を様々な物理量を用いて整理すると共に、数値気象モデルを使って再現して、そこに“現実的”と考えられる気象介入の手段を試して有効性を確認するという作業を進めています。

2. これまでの主な成果

これまでは、2つの豪雨事例(2021年8月に九州で発生した豪雨と、2014年8月に広島で発生した豪雨)を数値気象モデルにより再現し、人為的な介入手法をモデルに導入することで、それぞれの豪雨事例に対する介入効果を検討してきました。九州豪雨の事例では、高さ300m、幅200mの凧状の物体を海上に21機設置するという介入手法の有効性を評価しました(図1左)。一方、広島豪雨の事例では、ドライアイスを上空から散布することにより対流の発達を促し、降水の一部を下流の別地点へ移動させる「オーバーシーディング」と呼ばれる手法の効果を検討しました(図1右)。
九州豪雨の事例では、数値実験の開始時刻を1時間ずつずらした25個のアンサンブル実験を実施し、それぞれに対して凧状の抵抗物を模した介入を行いました。介入を行わない実験と比較した結果、25実験の平均として、降水量がおおよそ10%抑制される効果が確認されました(図2)。

図1
図1:数値実験で考慮した2つの気象介入の手法(左:高さ300m幅200mの凧状の物体を21機海上に設置,右:航空機により上空からドライアイスを散布)。
図2
図2:標準実験(左上と介入実験(右上)において再現された降水分布と両者の差分(左下)。

差分図では、赤色の正の値が介入による降水量の増加、青色の負の値が減少を表しています、これを人為的介入の影響を定量的に評価するための指標としています。
広島豪雨の事例では、まず数値モデルで豪雨の再現を行い、深い対流が発達している領域に仮想的なシーディングを実施しました(図3)。介入を行わない実験との比較から、オーバーシーディングには豪雨域の下流側に降水を拡散させることで、局所的な豪雨の抑制効果があることが示されました。さらに、その効果は上流側におけるシーディングの面積が大きくなるほど顕著に表れることが明らかとなりました(図4)。

図3
図3:介入なしの標準実験で再現された降水分布(左)と、赤線に沿った雲水や雨水の鉛直分布(右)。右図の長方形で示した場所は、シーディングを想定した場所を示しています。
図4
図4:シーディング実験における降水量の変化(介入実験-介入なし実験)。点線黒枠はシーディングを想定した箇所を示しています。

3. 今後の展開

以上の結果から、海上における抵抗物の設置およびドライアイスの散布は、局地的豪雨の抑制に一定の効果を持つことが明らかになってきました。今後は、それぞれの手法における介入のタイミングや位置を最適化することで、さらなる効果の向上が期待されます。また、これら2つの手法を組み合わせることで、より確実な豪雨抑制が可能となる可能性も示唆されます。