成果概要
気象制御のための制御容易性・被害低減効果の定量化[5] 海上豪雨生成に有効な介入操作の検討
2023年度までの進捗状況
1. 概要
最近の地球温暖化の進行に伴って、世界の様々な場所で豪雨がより頻繁に発生するようになっています。日本も例外ではなく、「線状降水帯」とよばれる特定の地域に数時間にわたって停滞する細長い形状をもった降水システムによる豪雨が増えているとの指摘があります。こうした背景において、本プロジェクト「海上豪雨生成で実現する集中豪雨被害から解放される未来」では、海上豪雨を人為的に強化することで、下流の陸上の豪雨を減少させることを狙っています。具体的には、「人が住む陸上ではなく、上流にあたる海上で“何らかの刺激”によって降水を生じさせて雨の種となる水蒸気を減らしてしまおう」というものです。
梅雨の時期に関して、上流に位置する東シナ海では暖かい海面からの蒸発や南西側からの大量の水蒸気の輸送によって積乱雲が容易に発達できるような環境が整っています。実際にこの時期の降水を注意深く眺めると、九州の西側の小さな島をきっかけにして、その下流で降水が連なって発達する様子が確認できます。こうした気象学的な知見から、項目5「海上豪雨生成に有効な介入操作の検討」では、(人間による)“少し”の刺激であっても海上での人為的な降水の生成・強化が可能ではないかと考えて、梅雨期の豪雨事例を対象に、陸上の降水の抑制につながるような介入操作について調べています。具体的には、「どのような場合に、どのような手法であれば有効な介入が可能か?」を明らかにすることを目標にして、過去に生じた豪雨事例を様々な物理量を用いて整理すると共に、数値気象モデルを使って再現して、そこに“現実的”と考えられる気象介入の手段を試して有効性を確認するという作業を進めています。
2. これまでの主な成果
これまで本プロジェクトでは、2つの豪雨事例(2021年8月に九州で発生した豪雨と2014年8月に広島で発生した豪雨)を数値気象モデルで再現すると共に、人為的な介入手法を数値気象モデルに導入して、再現した豪雨事例を対象に介入の効果をみてきました。ここでは、表1にあげた5分類8種類の介入手法をモデル化して、それぞれについて仮想的な介入の実験を行うことで、その有効性を判断しています。
まず①の「噴水」は、海水をくみ上げて上空に散布することで、蒸発を通じた温度低下を狙ったものになります。ここでは、温度が低下した空気の上に、上流からの暖かくて湿った空気が乗り上げることをきっかけにして、海上で積乱雲が発達するのではないかと考えました。水を数100m上空に持ち上げること自体は、現在の技術レベルでも十分可能なのですが、現実的な電力の範囲内で引き起こすことができる温度変化は0.1℃程度で、生じる降水の変化は降水量の1%程度にしかなりませんでした。ただし水の撒き方によっては、もう少し大きな影響がみられる計算結果もありましたので、手法の有望性としては中立(△)と判断しています。次に、②の氷の成長を促すような直接的な氷粒子の「種まき」ですが、小型の飛行機で一度に運搬可能な量は1000kg程度ということから、その影響は降水量の0.1%以下というやや残念な数値計算結果となりました。このことから手法の有望性としては、ネガティブ(×)と判断しています。また③の直接加熱・直接冷却ですが、これらの影響も降水量の0.1%以下という計算結果となっており、場所やタイミングをより精緻に調整しない限りは手法としてネガティブ(×)と考えています。次に④の障害物の設置では、高さ300m幅200mの凧状の物体を100機程度海上に設置することを想定してモデル化しました。これは、東シナ海の小さな島がきっかけとなって降水システムが発達する、という自然を模したものとなっています。この介入手法は非常に有望で、5-10%程度の降水の変動をもたらすだけでなく、調整すれば下流の降水の制御も可能という計算結果が得られました。最後に、⑤の海水の攪拌による海面温度の低下ですが、降水を抑制する効果は十分に認められるものの、現実的なスケールの見積もりが甘い可能性があることから、現時点の有望性は中立(△)と判断しています。
方法 | 目的 | 有望性 | |
---|---|---|---|
① | 噴水 | 冷気プールの生成 | △ |
② | 種まき
| 氷の成長を促す | × |
③ | 直接加熱・冷却 マイクロ波放射 ドライアイス散布 | 上昇流の生成 下降流の生成 | × |
④ | 障害物の設置 | 摩擦収束の強化 | ○ |
⑤ | 海水の攪拌 | 海面温度の低下 | △ |
3. 今後の展開
これまでの取り組みによって「上流にあたる海上で人為的に降水を生じさせる」という点で、有望な幾つかの介入手法が明らかになってきました。一方で大気(特に降水過程)のカオス性を考えると、今回の結果が偶然に生じたわけではないことを明らかにしたり、どのような場合に制御可能かを示したりすることが必要です。このことから今後は、数値実験の数を増やして結果の違いを確かめると共に、他の豪雨事例での介入の数値実験や、制御可能性の良い指標となる物理量の探索、といった展開を計画しています。