成果概要

気象制御のための制御容易性・被害低減効果の定量化[4] 気象制御計算システムの開発

2023年度までの進捗状況

1. 概要

気象制御の実現には、制御入力を与えた時に気象がどのように応答するかを予測し、いつ・どこで・どのような制御を行えば望ましい気象を実現できるかを推定する必要があります。しかし、現時点ではこれらを扱うことができる計算システムは存在しません。項目4では既存の数値天気予報システムをベースに、制御入力が気象に及ぼす影響をシミュレートするとともに、最適な制御入力を推定することができる気象制御計算システムの開発に取り組みます。
また、項目4では、予測・制御計算の高速化にも取り組みます。気象制御の実現には、上に述べたような計算を、災害が発生する前に、適切な制御のタイミングを逃す前に、解き終えねばなりません。しかし、気象予測に使われる数値モデルの実行には一般に多くの計算コストが求められます。現在の計算資源と主流の計算アルゴリズムでは、現実的な計算時間で計算を終えることは困難であることが想定されます。そこで、項目4では、数理研究や深層学習により得られる代理モデルや潜在空間表現技術を、予測・制御計算システムに導入し、これにより、現実的な計算時間で制御入力の算出を実現すると共に、気象制御計算に有効な要素技術の評価を進めます。最新の計算技術である量子コンピュータも活用し、モデル予測制御やデータ同化の最適化計算をイジングモデルに帰着させ、量子アニーリングにより計算を高速化することを目指します。
以上を元に、項目4では、2026年度までに、①最適な気象制御の推定と入力が可能な気象制御計算システムのプロトタイプを構築し、介入操作の最適化により陸域の集中豪雨が緩和可能であることを示し、②気象予測計算基盤から算出されるアンサンブル気象予測データに代理モデル・潜在空間表現技術・量子計算技術を適用し、制御入力計算を高速化させる技術を開発する、という目標を達成します。

2. これまでの主な成果

当研究プロジェクトが開始した2023年12月以降、項目4では、制御入力が気象に及ぼす影響の予測を可能にするシステム開発に注力しています。初年度は、制御入力として洋上構造物を選択し、これを領域気象モデルで扱えるようアクチュエータ機能の実装を行いました。領域気象モデルとして理研が開発を進めるSCALE(Nishizawa et al., 2015; Sato et al., 2015)を用いて、モデル内の地形を一部変更することで洋上構造物の効果を導入しました。これをスーパーコンピュータ富岳上で実行できるように環境を整備し、制御を行った場合と行わなかった場合について実験を行い、シミュレーション結果を比較することで、制御の効果の検討を行いました。対象とする事例については、研究開発項目5と共同で調査を行い、項目4では平成27年9月関東・東北豪雨を対象に検討を進めています。検討の結果、洋上構造物を設置することにより、構造物の風下側に、12時間積算で30mm程度の強雨域を生成されることが確認できました。構造物の大きさに対する感度についても調査を行ったところ、大きい構造物ほど構造物風下の降水量が多くなる傾向が確認されましたが、大きくするほどその効果が弱まる様子も確認されています。さらに風下側で降水量が減少することが期待されますが、現時点での効果は不明瞭です。さらに検討を重ねていく予定です。
気象予測は、対象とする大気が強いカオス性を有するため、完璧であることはあり得ず、常に誤差を含みます。どの程度の誤差が予測に含まれているのかを正確に示すことが、良い予測の条件です。制御入力を推定する上でも、誤差の適切な表現が求められます。項目4では、アンサンブルデータ同化とマルチ物理アンサンブル予測を組み合わせた手法により、誤差を適切に表現するアンサンブル予測手法の開発に着手しました。2023年度は、気象モデルが有するモデル誤差と初期値誤差を陽に扱い、それぞれの定量化を推進しています。現時点ではこれらは独立して推定されているが、これらを組み合わせることで、モデル初期値だけでなくモデルバイアスを考慮した予測の生成が可能になります。次年度以降も引き続き当課題を継続し、予測高度化にも取り組みます。
計算の高速化については、最新の技術動向を調査し、代理モデル・潜在空間表現・量子計算技術に関連または準ずる技術・手法を把握し、新たに比較検討の対象に加えるか検討を進めています。気象庁の提供するメソアンサンブル気象予測情報などの気象予測情報を活用して、予測情報の低次元化研究を推進し、台風について制御の”ツボ”となり得る分岐点が存在する場合があることを見出しました。また、量子アニーリングマシンに関する最新の研究動向を調査し、データ同化計算を高速化する手法を開発しました。この結果、気象予測計算に量子アニーリングマシンを使うことで、従来の計算機を用いた場合に比べて100倍以上計算時間が速くできる可能性が示唆されました。低負荷計算方法開発の検討についても最新の技術動向を調査しています。具体的には、変分オートエンコーダやDiffusion Modelといった生成AI技術を中心に、気象情報を潜在空間で表現する手法を調査しています。

3. 今後の展開

制御入力が気象に及ぼす影響について、引き続き検討を進めていきます。2023年度には、洋上構造物のみを対象としましたが、より多くの手法について検討し、また対象とする事例も増やしていきます。これにより、どのような制御が効果的であるのかを明らかにしています。
また、いつ・どこで・どのような制御を行うべきかを推定する手法の開発に着手します。まずは、扱いの簡単な低次元気象モデルを用いて手法を確立し、得られた知見を実大気モデルに反映させることで、気象制御計算システムの開発を進めていきます。