成果概要
気象制御のための制御容易性・被害低減効果の定量化[1] 気象制御手法の開発
2024年度までの進捗状況
1. 概要
複雑かつ大規模な現象である気象を操るにあたってはハードルが大きく三つあります。まず、気象への効果的な介入を見つける必要があります。闇雲な介入では我々が望む気象を実現できるとは限らず、介入の仕方を注意深く選択する必要があります。また、介入は実施可能でなければいけません。気象は大規模なので制御には膨大なエネルギーが必要と考えられますが、一方で我々人類が費やせるエネルギーには制約があります。この制約内で実施可能な介入を見つけ出す必要があります。最後に、介入は素早く計算可能である必要があります。気象の大規模性から生じる計算時間の問題を克服して、豪雨被害などの災害が予見されてから発生するまでの短時間の内に介入を計算しなければなりません。これら3つのハードルを克服するために、モノとコトを思い通りに操るための理論である制御理論は必要不可欠です。しかしながらこれまでの制御理論では気象のような大規模現象はあまり積極的には取り扱われてきませんでした。
これら3つのハードルをクリアするために本項目では2つの研究課題を設けることで対応しようとしています(図1)。課題1-1「フィードバック制御手法の開発」では、制御理論において基礎的パラダイムであるフィードバック制御の考え方を発展させ、上記のハードルを克服できるような制御理論を構築します。この項目を補完するために課題1-2「データ駆動手法を用いた制御手法の開発」では、人工知能技術に加えてアンサンブル予測等のデータ技術を活用し、既存の制御理論の枠を超えた気象制御手法を開発します。これら2課題の推進と相乗効果を通じて本項目では、海上豪雨生成を通じた陸域豪雨緩和の実現可能性を計算機上で示します。
これらハードルをクリアするために本項目では二つの研究課題を設けています(右図)。課題1-1 「フィードバック制御手法の開発」では、制御理論において基礎的パラダイムであるフィードバック制御の考え方を発展させ、上記のハードルを克服できるような制御理論を構築します。この項目を補完するために課題1-2 「データ駆動手法を用いた制御手法の開発」では、人工知能技術に加えてアンサンブル予測等のデータ技術を活用し、既存の制御理論の枠を超えた気象制御手法を開発します。これら課題の推進と相乗効果を通じて本項目では、海上豪雨生成を通じた陸域豪雨緩和の実現可能性を計算機上で示します。

2. これまでの主な成果
[手法開発のための数理モデル選定(1-1)]
気象制御手法の開発と評価にあたっては、取扱いの容易さと気象現象の本質を併せ持つ気象数理モデルが必要です。従来のLorenzモデルには気象現象ならではの大規模性が欠けていました。そこで本研究ではSCALE Regional Modelと呼ばれる気象気候ライブラリに付随する理想大気実験(図2)と呼ばれるモデルを選定しました。このモデルは上記特徴を両方有し、気象制御研究の加速に大きく資することが期待されます。
[既存制御手法の評価(1-2)]
気象制御研究における従来の介入発見手法[Miyoshi and Sun, 2022]の性能評価を行いました。従来手法には、予見区間と呼ばれるパラメータによっては効果的な介入が見つからないという課題がありました。この課題に対して本研究では、モデル予測制御と呼ばれる介入発見手法との比較を通じて、上述の課題が従来手法の限界に起因することを定量的に確認しました。

[大規模性の克服にむけた理論開発(1-1)]
気象現象は大規模であり、制御理論で提案されてきた従来型フィードバック制御手法の直接的な適用は計算量の観点から困難です。そこで本研究では凸最適化と呼ばれる高速な最適化フレームワークを用いた介入計算手法を開発しました。摂動解析と呼ばれる準備を予め行っておくことで、数千の次元を有する理想大気実験においても数秒で介入が求められるようにしました。また、得られた介入が確かに有効であることもシミュレーションで確認しました(図3)。

[Expensive Optimizationによる介入探索]
気象制御ではコンピュータ上で多数のシミュレーションを行いながら、雨を減らすような「介入方法」を探します。しかし従来の方法では、計算に時間がかかりすぎて、十分な試行ができないという課題がありました。そこで本研究ではExpensive Optimizationと呼ばれる手法を使い、限られた試行回数でも効率よく最適な介入を見つける方法を開発しました。具体的には、初期に一度だけ介入する方法と、時間を追って介入を続ける方法の2種類を用意し、人工的な雲の実験と、実際の大気を使ったシミュレーション(図3)で性能を比べました。その結果、ベイズ最適化という手法が特に優れており、少ない試行回数でも安定して大きな効果を発揮することがわかりました。この成果は、計算コストが限られる中でも、効果的な気象制御が可能であることを示しています。

3. 今後の展開
今後は、これまでに開発した気象制御の手法を発展させ、現実の天気により近い大規模なシミュレーションに対応できるように研究を進めます。特に、陸上での豪雨を緩和することを目指し、限られた計算資源でも高い効果が得られる制御技術の確立を目指します。そのために、これまで提案してきた複数の制御手法を共通の条件で比較・評価し、それぞれの強みや弱みを理論的に整理した上で、ロバスト性(不確実性への強さ)やスケーラビリティ(広い範囲への対応)、計算効率の観点から改良を加えていきます。また、観測データに基づいてリアルタイムに最適な介入を決定するモデル予測制御の実装にも取り組み、代理モデルやデータ圧縮技術を活用して高速な計算を実現します。最終的には、あらかじめ用意した制御シナリオの1つ以上において、実時間の1/100以下での計算によって豪雨緩和が可能であることをシミュレーションで示すことを目標としています。