成果概要
気象制御のための制御容易性・被害低減効果の定量化[1] 気象制御手法の開発
2023年度までの進捗状況
1. 概要
複雑かつ大規模な現象である気象を操るにあたってハードルが三つあります。まず、気象への効果的な介入を見つける必要があります。闇雲な介入では我々が望む気象を実現できるとは限らず、介入の仕方を注意深く選択する必要があります。また、介入は実施可能でなければいけません。気象は大規模なので制御には膨大なエネルギーが必要と考えられますが、一方で我々人類が費やせるエネルギーにも制約があります。この制約内で介入を実施する必要があります。最後に介入は素早く計算可能である必要があります。気象現象の大規模性を克服して、豪雨被害が予見されてから発生するまでの短時間で介入を計算しなければなりません。これら三つのハードルを克服するために、モノとコトを思い通りに操るための理論である制御理論は必要不可欠です。しかしながらこれまでの制御理論では気象のような大規模現象は取り扱われていません。
これらハードルをクリアするために本項目では二つの研究課題を設けています(右図)。課題1-1 「フィードバック制御手法の開発」では、制御理論において基礎的パラダイムであるフィードバック制御の考え方を発展させ、上記のハードルを克服できるような制御理論を構築します。この項目を補完するために課題1-2 「データ駆動手法を用いた制御手法の開発」では、人工知能技術に加えてアンサンブル予測等のデータ技術を活用し、既存の制御理論の枠を超えた気象制御手法を開発します。これら課題の推進と相乗効果を通じて本項目では、海上豪雨生成を通じた陸域豪雨緩和の実現可能性を計算機上で示します。

2. これまでの主な成果
- [手法開発のための数理モデル選定 (1-1)]
- 気象制御手法の開発と評価にあたっては、取扱いの容易さと気象現象の本質を併せ持つ気象数理モデルが必要です。従来はLorenzモデルが用いられていましたが、その次元は高々数十程度であり気象ならではの大規模性が欠けていました。そこで本研究ではSCALE Regional Modelと呼ばれる気象気候ライブラリに付随する理想大気実験(右図)と呼ばれるモデルを選定しました。このモデルは上記特徴を両方有していることから、気象制御研究の加速に大きく資することが期待されます。

- [既存制御手法の評価 (1-2)]
- 研究基盤を確固とするために、気象制御研究における従来の介入発見手法 [Miyoshi and Sun, 2022] の性能評価を行いました。従来手法には、予見区間と呼ばれるパラメータの大きさによっては効果的な介入が見つからないという課題がありました。この課題に対して本研究では、モデル予測制御と呼ばれる介入発見手法との比較を通じて、上述の課題が従来手法の限界に起因することを定量的に確認しました。 この評価は制御数理に基づく介入発見手法開発の必要性を示唆しています。
- [データ駆動手法の開発 (1-2)]
- 上記評価にあたって使用したモデル予測制御では深層展開と呼ばれる技術を組み込みました(下図)。深層展開はBeyond 5Gの無線通信アルゴリズム開発等で盛んに用いられている機械学習技術です。この深層展開を組み込むことで、モデル予測制御における介入の最適化を効果的に進めることができることを確認しました。

- [大規模性の克服にむけた理論開発 (1-1)]
- 気象現象は大規模であり、制御理論で提案されてきた従来型フィードバック制御手法の直接的な適用は計算量の観点から困難です。そこで本研究では凸最適化と呼ばれる高速な最適化フレームワークを用いた介入計算手法を開発しました。摂動解析と呼ばれる準備を予め行っておくことで、数千の次元を有する理想大気実験においても数秒で介入が求められるようにしました。また、得られた介入が確かに有効であることもシミュレーションで確認しました(下図)。

3. 今後の展開
今後は上記の技術開発を基礎として、2024年度マイルストーンとして我々が掲げている目標である理想大気実験における降水量10%低減を目指して研究をさらに推進していきます。特に課題1-1では、現在の手法を連続的なフィードバック介入の計算へ適用できるように発展させたうえで、理想大気実験における網羅的な評価を行います。また課題1-2では、深層展開を用いたモデル予測制御に加えて、大規模現象へのスケーラビリティを有すると期待されるサンプルベースのモデル予測制御に基づく介入発見手法の開発にも取り組みます。この介入発見手法のスケーラビリティを補強するためにベイズ最適化のようなヒューリスティックな最適化手法を組み込みます。