低炭素社会の実現に向けた技術および経済・社会の定量的シナリオに基づくイノベーション政策立案のための提案書

LCS-FY2022-PP-02

需要の構造変化に着目した産業連関モデルの拡張(Vol.2)
―ロボットと水素利用の導入―

  • SDGs7
  • SDGs9
  • SDGs13

概要

炭素中立社会の実現には、省エネルギー化や燃料転換など個別技術開発だけでは不十分で、情報技術の活用など、全体的な変化が必要であると指摘されてきた。これらは生産と消費を通じ互いに影響しあうため、全体的な変化を定量的に描くには、各要因の相互作用の解析が不可欠となる。社会経済における多要素システムの構造的変化の解析には、産業連関分析を拡張した方法が有用であり様々な研究がなされてきた[1-3]。

LCSでは、これまで政策提案書[4-5]が発電技術や直接空気回収技術(DAC)など温暖化緩和技術に着目し、具体的なコスト分析に基づいた産業連関表の拡張を行った。また、政策提案書[6]は、社会経済の需要側の変化に着目し、産業連関分析を拡張した。具体的には、①情報サービスビジネス、カーシェアリング他MaaS、ICTによる生産性の向上、②EV等新型自動車導入、④住宅のZEH、ZEH-ready化など、新しい産業や製品の消費変化を通じた影響と投資構造の変化を通じた経済影響を分析した。[6]はまた、産業部門の化石燃料消費に対し、電力化等のシナリオを与え、2030年での産業の炭素排出削減の評価を行った。

今回、2050年脱炭素化シナリオ構築をさらに進めるため、今後社会を変革する駆動力として期待される2つの技術課題を前報[6]の産業連関分析に導入した。一つは人口減少の下で労働生産性の向上により経済の活性化を促す手段として期待される協働ロボットの導入影響である。もう一つは、脱炭素化のための化石燃料代替の有力なオプションとして期待される水素利用である。前者、協働ロボットの生産性改良効果は、既存の潜在的就業者自動化率調査をもとにモデル化し産業連関分析に取り入れた。

後者について、2030年評価を扱った前報では水素利用は限定的であったが、2050年まで延長した今回は、LCSで評価を行った水素直接還元製鉄法[7]と燃料電池貨物自動車技術を分析に導入した。これにともない、前報の105産業部門のうち石油製品製造業、製鉄業を細分化し、水素製造業を独立部門とした。産業連関表を105部門から147行部門と139列部門へ拡張したことで産業部門の化石燃料消費の電力化・水素代替などの脱炭素化のシナリオを明示的に扱えるようになった。

結果、SaaSと協働ロボットによる生産性の上昇が大幅に改善され、2015年~2050年間のGDP年成長率は0.3%から1.5%に上昇した。協働ロボットは、農業、食品加工業、組み立て産業など比較的小規模な産業で効果が大きく、約150%の労働生産性上昇に寄与した。これはLCS[10]が示した「地域活性化のための市町村の特色ある産業の維持」に向け、協働ロボットが人口減少を補う鍵となり得ることを示唆する。同時に日本のロボット産業は世界市場の拡大傾向に沿いつつ、日本の社会経済を支える産業となることを期待させるものである。

輸送部門、家庭部門、産業部門などに大幅な電力化や水素利用を拡大導入するシナリオでは、2050年での水素需要は1,600PJ-HHV(13.9Mt-H2)と2019年の日本の全最終エネルギー消費の15%に達した。電力需要は1,974TWhに達し、これは2019年の日本の全最終エネルギー消費の55%の水準に当たる。CO2排出量は261.1Mt-CO2まで低下した。この排出量の43%は水路輸送、航空輸送、他窯業などで生じた。いずれの分野も、過去の評価ではあまり注目されず、大幅な削減技術も未確立である。同時に、2050年に向けて需要が増加下げ止まる傾向を示していた。これらの分野への大幅な削減策の確立は、炭素中立化に避けられないDAC/CCSなどへの負荷を低下させると考えられ、今後の開発が必要である。

本提案書は、需要サイドにおける技術導入の影響評価や資本形成の経路による経済全体への影響に着目し分析した。ICTやロボットの導入効果は非線形最適化モデルで表現されている。LCSの拡張産業連関表研究[4-5]は、既存の産業連関表にエネルギー技術など主に供給側の技術評価を中心に拡張を行い、さらに観光業やソフトウェア産業の成長の想定を取り入れたもので、両者は別角度からのアプローチで「2050年炭素中立社会産業シナリオの構築」に接近したものである。

提案書全文

参考資料(シミュレーションプログラムとデータ)

  • 政策提案書記載のモデル計算のために必要なデータ、プログラムを著者のご厚意により提供しています。政策提案書に示された計算結果、図表等は、この実行データファイルおよび実行結果から導くことができます。ご利用される際は、下記の利用条件をご参照ください。
  • 以下から、モデル実行のための本体プログラム、サブルーチンプログラム、実行用データファイルをダウンロードできます。本プログラム実行には、数理計画ソフトウェアGAMS本体、GAMS NLPソルバー(conopt, MINOS等)およびMicrosoft EXCELが必要です。(GAMS24.8ライセンス版およびEXCEL 2016で動作確認済み)
  • (修正履歴) 2023年4月26日
    A. 計算プログラムに、次のようなバグがありましたので修正を行いました。
    電源設備建設部門(EFC)から電気事業への投資額が、「民間投資部門」と「政府投資部門」に分配されるべきところ、同一の値が引き写されていました。
    B. 水素直接還元製鉄法の水素投入量がNm3で計算されたまま、日本全体の水素需要(PJ)に計上されていました。
    C. A,Bの変更により、水素需要評価が変わり、またGDP、電力需要等もわずかに結果が変わりましたので、これらに関する修正箇所を文書として追加しました。
    D. プログラムでは、中間作業用の計算STEP-5を明記していましたが、これはシミュレーション結果には不要なため本文からは除いています。しかし、プログラムにはこのSTEP-5が残っていたため、プログラム内のシミュレーション番号と本文のシミュレーション番号の対応にずれが生じていました。そこで、プログラム中間作業用シナリオStep-5はStep-LCSと名称変更を行い、本文結果と整合するように修正しました。
  • (修正履歴) 2023年6月30日
    E. 計算プログラムの行部門石油製品の投入価格指数と列部門石油製品投入価格指数の対応関係に問題があり、行部門からの石油製品の各列部門への投入量が過大に評価されていた点を修正しました。この結果、CO2排出量はいずれのシナリオでもやや下方に修正されました。
    F. 電力消費量 (TWh)の計算や石油製品製造業からのCO2排出量推計手順に改良を行いましたが、これらの修正の影響は数値的にはわずかであり、結論に大きな変化を与えるものではありません。
このZIPファイルの内容
  1. IO_135_Mdl_2030_230608.GMS .. GAMSプログラム本体(テキストファイル)。メインプログラムです。政策提案書モデルのうち、2030年の結果が出力されます。Step-1からStep-7(政策提案書のCase-0~Case-6)までを逐次計算し、MIO135_2030.CSVに出力します。
  2. IO_135_Mdl_2050_230608.GMS .. GAMSプログラム本体(テキストファイル)。メインプログラムです。政策提案書モデルのうち、2050年の結果が出力されます。シミュレーションケースはStep-1からStep-8(政策提案書のCase-0~Case-7)までを逐次計算し、MIO135_2050.CSVに出力します。
  3. IOMDL_Out_O.GMS .. 計算結果出力用サブルーチンプログラム(テキストファイル)。IIO_135_Mdl_2030_230608.GMS およびIO_135_Mdl_2050_230608.GMS が自動的に読み込みますが、本ファイルとメインプログラムファイルは同一フォルダに格納されている必要があります。
  4. IOMDL_Out_S135.GMS .. 計算結果出力用サブルーチンプログラム(テキストファイル)。シミュレーションケースによってはこちらを使います。IO_135_Mdl_2030_230608.GMS およびIO_135_Mdl_2050_230608.GMSが自動的に読み込みますが、本ファイルとメインプログラムファイルは同一フォルダに格納されている必要があります。
  5. IOMDL_Out_S135B.GMS .. 計算結果出力用サブルーチンプログラム(テキストファイル)。シミュレーションケースによってはこちらを使います。IO_135_model_2030_V2_230608.GMS およびIO_135_Mdl_2050_230608.GMSが自動的に読み込みますが、本ファイルとメインプログラムファイルは同一フォルダに格納されている必要があります。
  6. IO2015_135_2030_Dat.xlsx .. IO_135_Mdl_2030_230608.GMS実行用データファイル。IO_135_Mdl_2030_230608.GMSが自動的に読み込みますが、本ファイルとメインプログラムファイルは同一フォルダに格納されている必要があります。
  7. IO2015_135_2050_Dat.xlsx .. IO_135_Mdl_2050_230608.GMS実行用データファイル。IO_135_Mdl_2050_230608.GMSが自動的に読み込みますが、本ファイルとメインプログラムファイルは同一フォルダに格納されている必要があります。
  8. モデル結果まとめ_20230608.xlsx .. 実行結果MIO135_2030.CSV、MIO135_2050.CSVを一つに取りまとめ、フィルタを付けたファイル。政策提案書に掲載されたモデルシミュレーション結果、グラフ、表等は、すべてこのファイルのデータから作成されています。

(1)〜(8)のプログラムファイル
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(1) 著者(本項は「森俊介、MORI Shunsuke」)
(2) 使用するファイル名
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