第312回「海洋保全に科学的知見」
世界が危機感
海洋保全のため、複数の国が科学的知見を共有し、それを国際的なルールづくりに反映させる動きが進んでいる。高い知見と技術力を持つ日本に対する期待は大きく、国際社会で重要な役割を担っている。
2025年6月にフランス・ニースで開催された第3回国連海洋会議(UNOC3)には、日本を含む170カ国以上が参加し、科学的知見の重要性があらためて強調された。観測の強化やデータ共有のための国際基盤整備が主要な議題となり、採択された「ニース海洋行動計画」では、今後の取り組みに科学的知見を取り入れる方向性が示された。
従来は各国の利害や資金配分をめぐる政治的な思惑が絡んでいたが、海洋環境の悪化に対する危機感の高まりが、科学的知見の活用という新たな一歩を後押ししたと言える。
また同年8月にスイス・ジュネーブで開催された「プラスチック汚染に関する法的拘束力のある国際文書(条約)」交渉(INC5.2)でも全体合意には至らなかったものの、製品設計や廃棄物管理に科学的知見を取り入れる条文案の議論が進展した。
期待大きい日本
こうした国際的な動きに、日本も深く関わっている。
例えば、気候変動のモニタリングや海洋資源の管理などのための国際的な枠組みである「全球海洋観測システム(GOOS)」に主要メンバーとして参加し、観測網の整備やデータ標準化に大きく貢献してきた。世界中の海に展開されている約4000基の「自動観測浮き(Argo)」の運用に海洋研究開発機構(JAMSTEC)などが参画し、海水の温度や塩分などのデータを収集している。このデータは気候モデルの精度を向上させる重要な科学的根拠となっている。
技術開発の面でも、25年7月にJAMSTECが運用する自律型無人探査機「うらしま8000」が水深8000メートル超の深度までの自律潜航に世界で初めて成功し、深海探査の新たな可能性を切り開いた。地形・地質調査、地震帯のモニタリング、鉱物資源探査、さらには深海プラスチックゴミの把握など多様な分野での応用が期待される。
「持続可能な開発のための国連海洋科学の10年(21-30年)」の枠組みでも、科学的知見を取り入れた制度づくりを促進している。国際的な海洋保全には、科学者と政策担当者との対話も不可欠である。日本には、その橋渡し役としての貢献も期待される。

※本記事は 日刊工業新聞2025年11月7日号に掲載されたものです。
<執筆者>
藤井 修 CRDSフェロー(環境・エネルギーユニット)
早稲田大学大学院資源及び材料工学専攻修士修了。総合化学メーカーにて研究開発・技術企画などに従事。25年4月より現職。環境・エネルギー関連分野の俯瞰調査と戦略立案を担当。修士(理工学)。
<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(312)海洋保全に科学的知見(外部リンク)