2025年10月13日

第308回「ノーベル化学賞 基礎科学から新材料」

金属有機構造体
スウェーデン王立科学アカデミーは、2025年のノーベル化学賞を北川進氏(京都大学特別教授)ら3氏に授与すると発表した。授賞理由は「金属有機構造体(MOF)の開発」に対する功績である。米カリフォルニア大学のオマー・M・ヤギー氏と豪メルボルン大学のリチャード・ロブソン氏との共同受賞となる。

ロブソン氏の最初の発見に始まり、その後北川氏らは金属イオンと有機分子を巧みに組み合わせ、ナノスケールで制御された孔(あな)構造を持つ材料の開発を主導した。MOFまたは多孔性配位高分子(PCP)と呼ばれ、既存の活性炭やゼオライトなどの材料を超える設計自由度と機能性を持つ。

北川氏は1997年にはMOFに気体を取り込む能力を世界で初めて実証し、以後、二酸化炭素(CO2)や水素、天然ガスの吸蔵、気体分離、触媒などへの応用研究が世界的に広がった。

さらに北川氏は「ソフト多孔性結晶」という概念も提唱している。温度や圧力などの外部刺激で孔の構造が変化する柔軟な多孔性材料を開発した。こうした材料を使えば、孔を介した分子の拡散、気体の吸着もしくは放出の自由度を高められる可能性がある。

広がる応用研究
ノーベル賞選考委員会はMOFの概念を「これまでにない新たなカスタムメイド材料を可能にした」と評価した。砂漠の空気から水を取り出す、CO2を回収する、有害物質を分離する、化学反応を触媒するなど、環境・エネルギー分野への応用ポテンシャルを強調した。近年は食品、医薬品などへの応用研究も進む。

MOFは細孔の機能を分子レベルで設計し、制御できる点が特徴である。基礎・応用の両面から研究が進む一方、スケールアップや耐久性向上など産業化の課題もある。今回の受賞は、わが国の基礎科学の厚みが生んだ成果が、産業化へ向かう契機になるものと言える。

北川氏の研究は、古都京都の学術土壌から、世界を見据えた先端化学へ挑んできた研究者の歩みを象徴するものだ。材料科学の世界的なリーダーとしてけん引してきたその成果は、学術的達成を超えて、環境・エネルギー問題、健康・医療応用、材料科学の未来へ橋を架けるとともに、次世代へ勇気を与える。今後も北川氏をはじめとするMOFの新たな研究開発、社会実装の進展、次世代のさらなる挑戦に期待したい。

※本記事は 日刊工業新聞2025年10月13日号に掲載されたものです。

<執筆者>
永野 智己 CRDSフェロー/総括ユニットリーダー

学習院大学理学部化学科卒、ナノテクノロジー・材料・計測技術などの戦略立案の他、イノベーションエコシステム形成や異分野融合論を担当。2018年より現職。経営学修士(MBA)。文部科学省技術参与を兼任。

<日刊工業新聞 電子版>
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