2025年10月10日

第307回「ノーベル生理学・医学賞 基礎研究支援手厚く」

免疫暴走抑える
2025年のノーベル生理学・医学賞は、生体内における過剰な免疫応答にブレーキをかける「制御性T細胞」を発見した坂口志文氏、メアリー・E・ブランク氏、フレッド・ラムズデル氏の3人に授与されることが決まった。

免疫系は、体内に侵入した異物(ウイルス、細菌など)を排除して健康を守るという重要な役割を担う。しかし暴走すると異物だけでなく自分の体をも攻撃し、関節リウマチやアレルギーなどの自己免疫疾患を引き起こす。

1970-80年代に、世界中の研究者が暴走を抑える免疫細胞を探索したが一向に見つからず、多くの研究者が撤退した。しかし坂口氏は諦めず地道な基礎研究を進め、95年、マウスにおける制御性T細胞の存在を発表した。一方、2000年頃にブランク氏とラムズデル氏は、重篤な自己免疫疾患であるIPEX症候群にFoxp3という分子が関係していることを報告した。坂口氏は彼らの報告を踏まえ研究をさらに進め、03年にヒトにおける制御性T細胞の存在を論文で発表した。これは免疫学分野の大発見として大きな注目を浴び、世界中で研究が活発に進められ現在に至る。

創薬力強化へ
近年、制御性T細胞に着目した新たな治療法の開発に期待が集まっている。例えば現在、免疫系の暴走が原因で起こる自己免疫疾患やアレルギーに対して、制御性T細胞を増やす治療法が期待されており、体外で培養して患者に投与する治療法の開発が進められている。一方、免疫系の細胞排除機能により制御性T細胞が悪用されることで起こるがんに対しては、薬剤などで体内の制御性T細胞を減らす治療法が期待される。

今回を含め、6人の日本人研究者がノーベル生理学・医学賞を受賞し、免疫学の分野が半数を占めることとなった。利根川進氏(1987年、免疫系の抗体多様性)と本庶佑氏(2018年、免疫チェックポイント阻害)の受賞成果は、世界市場40兆円を超える抗体医薬の根幹にあたる基礎研究の大発見である。坂口氏の研究も、いずれ大きな展開が期待される。

ノーベル賞級の大発見が治療法として確立し巨大市場の形成に至るには、20-40年を要する。近年、わが国の創薬力強化を目指し、実用化に近いフェーズの研究支援策の整備が進むが、一方で中長期的な基礎研究への支援は心もとない。それら全ての総合的な強化を通じた、中長期的に持続可能な創薬エコシステムの構築が、わが国の喫緊の課題である。

※本記事は 日刊工業新聞2025年10月10日号に掲載されたものです。

<執筆者>
辻󠄀 真博 CRDSフェロー(ライフサイエンス・臨床医学ユニット)

東京大学農学部卒。ライフサイエンスおよびメディカル関連の基礎研究(生命科学、生命工学、疾患科学)、医療技術開発(医薬品、再生医療・細胞医療・遺伝子治療、モダリティー全般)、医療データ、研究環境整備などのテーマを対象に調査・提言を実施。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(307)ノーベル生理学・医学賞 基礎研究支援手厚く(外部リンク)