2025年9月26日

第306回「食料安保に最先端技術を」

温暖化の影響や地政学上のリスクなどにより世界の食料供給が不安定化する中、食料自給率の低い日本では、食料安全保障への関心が高い。農業の担い手不足への対応など、日本の食料自給率の維持と向上を目指すことは大前提であるが、日本の食料安全保障を確保するためには、世界の食料安全保障につながる研究開発が重要だ。

肉食で農地不足
カロリーベースでの日本の食料自給率は、2021年までの56年間で73%から38%に低下した。この低下の大きな要因の一つは1人当たりの肉類消費量の増加で、この間に3.7倍に増えた。農林水産省の試算によると、現在の日本の肉類消費を支える畜産飼料を全て国産化するには、現状の約3倍の農地面積が必要である。山がちな国土の日本においては、農地を3倍にすることはほぼ不可能であり、換言すれば、このまま肉類の多い食生活を続ける限り、食料自給率の劇的な向上は期待できない。

農地拡大を回避
肉類消費量の増加は日本だけの現象ではなく、世界的なトレンドである。国連食糧農業機関のデータによると、20年代までの60年間に世界の肉類生産量は約5倍になり、現在も増加傾向にある。現状では地球の居住可能面積の40%以上が牧草地を含む農地となっており、そのうち約70%が畜産を支える家畜飼料生産に充てられている。地球の農地面積を増やすことは、気候変動対策や水資源の確保、生物多様性保全などの重要な機能を持つ森林を農地転換することにつながり、人類が安全に生存するための地球環境の持続可能性の観点からも避けなければならない。世界の食料安全保障と地球環境の持続可能性を考える上で、肉類消費量の増加抑止と畜産の高効率化、単位面積当たりの作物収穫量の増加は極めて喫緊の課題であり、日本にとっても人ごとではない。

食料の多くを海外から輸入する日本の食料安全保障の確保のためには、上記の課題解決を目指した、世界に通用する研究開発が重要である。例えば食料供給に関しては、気候変動に対応した農業、畜産に依存しないタンパク源となる食品、高効率な飼料利用を実現する精密畜産、単位面積当たりの収穫量が高い作物などの技術開発が考えられる。

こうした分野の研究開発は食料問題における日本のプレゼンスを高め、結果的に日本の食料安全保障にも資するはずである。

※本記事は 日刊工業新聞2025年9月26日号に掲載されたものです。

<執筆者>
桑原 明日香 CRDSフェロー(ライフサイエンス・臨床医学ユニット)

東京大学大学院理学系研究科博士後期課程修了。英国、スイスでの8年間の基礎植物学研究を経験後、現職。ライフサイエンスおよびバイオテクノロジーに関する研究開発戦略立案を担当。博士(理学)。

<日刊工業新聞 電子版>
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