第304回「がん薬 AI・バイオで進化」
研究投資続く
日本人で最も多い死因は戦後長らく脳血管疾患であったが、1981年にがんがこれを上回り現在に至る。このような変化を背景に、がん対策の気運が高まり、83年の「がん対策関係者閣僚会議」の設置(当時、中曽根康弘首相)を契機に、国家戦略として位置付けられた。2006年には「がん対策基本法」が制定され、現在は「第4期がん対策推進基本計画」において、「誰一人取り残さないがん対策を推進し、全ての国民とがんの克服を目指す」ことが掲げられている。
また世界各国でも重要な政策があり、例えば米国では1971年の「National Cancer Act」(当時、ニクソン大統領)を契機に、がんの発症や進行メカニズムの解明、治療や診断、予防技術の開発に2024年には70億ドルもの研究開発資金が投入された。このように、がんは最も多くの研究開発資金が投入されてきた疾患であり、今後もその傾向が続くであろう。
20世紀後半のがん治療は、「外科手術」「抗がん剤」「放射線治療」の3本柱であった。21世紀に入ると、ライフサイエンス研究の急速な進展を背景に新しいタイプの「抗がん剤」の開発が活発に進み、医療現場への実装も進展した。
00年代には特定の分子を標的として攻撃する「分子標的薬」が登場し、がん細胞のみに作用することで副作用を大幅に抑えることに成功した。10年代前半には本庶佑博士らの研究成果を基に開発されたオプジーボなどの、免疫細胞のブレーキを解除しがん細胞への攻撃力を高める「免疫チェックポイント阻害薬」が登場した。10年代後半にはがん細胞への攻撃能力を強化した遺伝子組換え免疫細胞療法「CAR-T」が登場し、難治血液がんに高い治療効果を示した。
高額化が課題
現在、最新のバイオテクノロジーとAI(人工知能)などを駆使することで、従来技術では制御困難(アンドラッガブル)とされた治療標的に対する創薬が進む(例=標的タンパク分解、PPI制御)。核酸医薬、細菌製剤、微生物製剤など新しいタイプの治療法確立に向けたチャレンジも見られる。今後、これらも徐々に製品化されると考えられる。
一方で課題もある。21世紀以降に登場した治療技術には高額なものが多く、わが国の医療費高騰の一因となっている。今後は、費用対効果が高い治療技術を幅広く社会へ実装する仕組みや、日本独自の製品の創出と輸出強化を目指した研究開発エコシステムの強化などの取り組みが重要となるであろう。
※本記事は 日刊工業新聞2025年9月12日号に掲載されたものです。
<執筆者>
辻󠄀 真博 CRDSフェロー(ライフサイエンス・臨床医学ユニット)
東京大学農学部卒。ライフサイエンスおよびメディカル関連の基礎研究(生命科学、生命工学、疾患科学)、医療技術開発(医薬品、再生医療・細胞医療・遺伝子治療、モダリティー全般)、医療データ、研究環境整備などのテーマを対象に調査・提言を実施。
<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(303)がん薬、AI・バイオで進化(外部リンク)