第302回「仏、研究投資 絞り込み」
フランスが重点的に投資する研究開発領域を当面の間絞り込む。政府は今夏、2026年に特に重視する対象として「AI(人工知能)」と「サイバー」の2領域だけを示した。深刻な財政難に伴う苦肉の策だが、多様な研究開発を重視するフランスが、短期的とはいえこのように対象を絞るのは異例だ。
債務増に切迫感
「フランスでは毎秒5000ユーロのペースで借金が増えている」。バイルー首相はこう述べて切迫感をあらわにした。
首相が発表したのは、26年の歳出を実質438億ユーロ削減する計画だ。これは25年の一般会計総額5824億ユーロの7.5%に当たる。支出削減を図る「手当や年金のベースアップ凍結」や生産性向上を意図した「公休日の2日削減」などの施策と並んで挙げられたのが、重要な研究開発への投融資計画「フランス2030」の絞り込みだ。
26年までの5年間で540億ユーロを投資する計画で、AIだけでなく水素、原子力、宇宙、農業・食料など、幅広い領域にすでに400億ユーロ以上が投じられている。削減額は明らかではないが、残りの資金が限られる中、政府は「AI」と「サイバー」が特に企業活動などに応用しやすいと判断したとみられる。
フランスでは公共部門の累積債務が年々増え、23年に3兆ユーロを突破。25年3月末には3兆3454億ユーロに達した。政府はあらゆる分野で緊縮財政の大なたを振るう必要があり、研究開発も決して例外にはしないことを示したと言える。ある政府関係者は「ほかの領域はもちろん、AIやサイバーでさえ研究者らが抱える不安は大きいようだ」と明かす。
複数年法も不安
研究開発に関しては別の不安もある。21年から30年まで予算を毎年増額すると規定した「複数年研究計画法」(LPR)の行方だ。
LPRは研究機関や高等教育機関への基盤的経費のほか、国立研究機構が配分するプロジェクト資金なども支える、研究開発投資の“本丸”だ。21年以降毎年6億-11億ユーロずつ予算が増やされたが、25年の増額幅は1億ユーロに抑えられた。政府は縮小を含めた検討に入っており、遅くとも秋には26年の方針が明らかになるとみられる。
研究開発を国の優先課題と位置付けて長期間の予算増を保証したLPRは、開始当初に日本でも注目されたが、内閣府などが今後5年間の政策を方向付ける第7期科学技術・イノベーション基本計画を議論している現在でも、目が離せない。

※本記事は 日刊工業新聞2025年8月29日号に掲載されたものです。
<執筆者>
内田 遼 CRDSフェロー(STI基盤ユニット)
慶応義塾大学経済学部卒業。全国紙記者などを経て、22年1月より現職。主にフランスの科学技術・イノベーション政策の動向調査を担当。
<日刊工業新聞 電子版>
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