2025年7月25日

第298回「スパコン開発「領域横断」」

スーパーコンピュータ(スパコン)は従来、大学や国立研究所などを中心に、構造力学や流体力学、計算科学などの主に数値計算に基づく分野で使われ、その開発は1970年代中盤のCray-1(米国)までさかのぼる。

世界で存在感
高性能なコンピューティングシステムを構築する上で重要な積和演算を高速に処理するために、当初は多くのデータをまとめて扱うベクトル型システムが使われた。日本でも開発が本格化し、IT企業各社が競いながら開発を進めてきた。その代表例として「地球シミュレータ」がある。

その後、汎用プロセッサーを多数接続したスカラ型マルチプロセッサーシステムが主流となった。代表例としては「京」や「富岳」が挙げられる。スパコンの世界では日本に存在感があり、トップ500に常にランクインしているのは産学官連携の一つの成果であろう。

最近のAI(人工知能)ブームに乗る形で、スパコンは新たなコンテンツを生み出す生成AIのためのプラットフォームとして使われるようになってきた。生成AIでも積和演算が多用されている。それは、スパコンのアプリケーションが要求する演算と親和性が高いからである。

さらなる性能向上を目指して、スカラ型マルチプロセッサーシステムを加速させるアクセラレーターを備えたシステムも出現し、スパコンの用途が一気に広がった。一般社会においても、社会課題の解決に生成AIのアプリケーションが利用されるまでに浸透している。

また、2024年のノーベル化学賞では、生成AIを用いたタンパク質の構造解析にスパコンが大きく貢献しており、このような領域融合的な研究開発におけるツールとしての期待も大きくなっている。

大規模化進む
生成AIは学習データや処理量などの規模が大きくなれば、その分性能が良くなること(スケーリング則と呼ばれる)が知られており、性能の向上を目指して、スパコンシステムの大規模化が急激に進んでいる。

この結果として、スパコンシステムが格納されるデータセンターの消費電力が膨大となり、性能要求やシステム規模とのトレードオフをどのように考えるかが大きな問題となっている。

これを解決するためには、コンピュータのハードウエアからアプリケーションに至るまですべての階層にわたる方式の再検討、あるいは新たな計算方式の検討、光デバイスの活用や量子を含む新デバイスの検討などが必要であり、領域横断的な体制での研究開発が今後期待されている。

※本記事は 日刊工業新聞2025年7月25日号に掲載されたものです。

<執筆者>
木村 康則 CRDS上席フェロー

東京工業大学(現東京科学大学)修士課程修了。IT企業にてコンピュータの開発を経て米国現地企業責任者として研究開発や事業化に従事。スタンフォード大学客員研究員、東京大学客員教授などを務めた後、17年より現職。博士(工学)。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(298)スパコン開発「領域横断」(外部リンク)