第279回「現実世界認識AI 多領域で人と共存進む」
2025年1月、米国ラスベガスで開催された世界最大級の家電見本市「CES 2025」では、AI(人工知能)技術が強い関心を集めた。出展社数も24年の892社から1,249社と大幅に増加し、AI技術に対する高い注目度が証明された。中でも特に注目されたのは、現実世界を認識するAIの進化とその応用だ。
会場では、カメラやセンサーを通じて我々の暮らす物理的な世界を認識し、人間とのやりとりを可能にする「現実世界を認識できるAI」の研究開発が進みつつあることがさまざまな形で示された。今後は家電製品や車両へのAI搭載のほか、食糧生産、スマートシティー、医療、機械の自律化、陸海空の輸送・移動など、あらゆる領域で人とAIの共存が進んでいく。
言語モデル限界
AIと人間の共存の一つとして、大量かつ多様なデータで事前に訓練され、汎用的で多様なタスクに応用できる「基盤モデル」がある。そこに含まれるチャットGPTなど現行の「大規模言語モデル」は、膨大なテキストデータのパターンを学習し、テキストの続きを生成する仕組みだ。
大規模言語モデルに対しては、その限界を指摘する声もある。AI界の三大ゴッドファーザーの1人とも呼ばれるヤン・ルカン氏はCESの講演で、現在の大規模言語モデルが人間レベルの知能に到達する可能性は「絶対にない」と述べた。
その上で、このようなAIが人間のように問題を解決するには、物理法則に従う現実の環境(物理世界)の理解を通じて、社会や文化の要素も含む広範な環境(現実世界)の常識を獲得する必要があると指摘した。
物理世界に拡張
近年の急速なAI技術の進展によって、高度な知能を持つAIと、人間が協調する未来への期待は高まっている。AI技術の進展を実現するカギとなるのが、前述のような基盤モデルを物理世界に拡張することである。
このような次世代の基盤モデルに寄せられる関心は高く、CESではルカン氏をはじめ複数の企業からの講演者が、物理現象を予測するための次世代モデルの開発に言及した。今後は、各国で新たな開発や製品への実装が進められていくだろう。
現実世界を認識するAIは、他の分野と融合することでさまざまな課題を解決する重要技術になり得る。わが国においても関連技術の開発を加速させ、少子高齢化や人手不足などの社会課題解決につなげることが求められている。
※本記事は 日刊工業新聞2025年3月7日号に掲載されたものです。
<執筆者>
小川 直輝 CRDSフェロー
民間企業、政府機関を経て現職。これまで情報関連やその取り扱いに関する業務に従事。現在は先端科学技術に関する調査分析を担当。
<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(279)現実世界認識AI、多領域で人と共存進む(外部リンク)