【森田朗インタビュー】
社会科学で正解に近づく

森田 朗
RISTEX センター長

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――「21世紀の人類・社会が直面する重要な問題(環境・エネルギー、少子高齢化、安全安心、医療・介護など)を解決するために役立つ成果を創り出すことを目指して研究開発・支援を行う」というのがRISTEXの使命とされています。

 科学的な方法、客観的なデータに基づく政策、いわゆる「エビデンスに基づく政策決定」(Evidence-Based Policy Making・EBPM)という言葉もよく聞くようになりました。改めて、それではこれまでの政策はどのように決められていたのでしょうか。

森田 経済政策なら、どれくらい税率を上げると経済や消費がどうなるといった研究は進んでいましたが、実際のデータもしっかりとした理論も不足していて充分に応用されているとは思えません。現実には利害の対立するさまざまなステークホルダーが議論し、合意することで決めてきました。ただそうなると、声の大きい人がどうしても強くなる傾向がある(笑い)。

森田 朗

政策決定では選択肢の根拠を

 もっと科学が発達したら、科学的な方法を使うことによって、より正解に近づけるんじゃないでしょうか。もちろん政策ですから、高齢者を優遇するか、若い人を優遇するかといった価値判断の問題を含むので、絶対的な正解は期待できないかもしれませんが、少なくとも、どの政策を選ぶかという選択肢については、きちんとした根拠を提示できるようになるはずです。それが、エビデンスに基づく政策決定の考え方です。

――政策といっても一般的にはなかなか遠いような感じもしますが、身近な事例としては?

森田 たとえば、医療政策に関しては、国民がどういう医療を必要としているかをきちんと計測して、医療サービスを必要な量だけ、リーズナブルな価格で提供していく仕組を示すのが政策です。保険料を払う人口が減って保険財政が非常に厳しくなっている中で、どのような形で合理的かつ公正に、質の高い医療を全国民に提供できるか。そのためには、需要と供給、資源をしっかりと把握して、効率の高い資源の使い方をしなければなりません。RISTEXは、そのような方法の開発を目指しています。

――平均的にみんなが健康でいる社会を目指すのか、いい医療を受けたい人は受けられるけれども、受けられない人がいてもよしとするのか。どちらを選ぶかによって政策はまったく変わりますよね。

森田 格差ができると平均的な健康状態が下がってしまうといわれています。ばらつきは広がっても平均値は変わらないだろうと思われていたけど、経済的に格差があるとストレスが生じて、いろいろな意味で健康を害する人が多くなる。中間層の健康状態が悪くなるのだそうです。そのときにどういう政策をとるべきなのか。社会科学と医療が一緒になって研究していかないとわかりません。

――医療も含めてこれからの政策を考える上で、人口動態の変化という構造的な要因を見過ごすこともできませんね。

人口減少を止めるのは難しい

森田 人口の減少は、そんなに簡単に回復するとは思えません。いま合計特殊出生率は、世界の多くの国で人口を維持できる水準の2を切っています。世界の人口は今は増えていてもやがて減る。これを変えるのはとても難しいと思います。人生100年時代と言われますが、長い人生、後ろのほうで充実した人生を送るという考え方もあるかもしれない。そういう社会にどう転換していくかでしょうね。

 2018年に発表された出生動向基本調査(※1)で、独身の人の8割くらいは結婚して子供を持ちたいと思っていることが分かっています。制約条件のひとつは経済的な事情がかなり大きいですよね。もうひとつはなかなかいい相手が見つからないということでしょうか(笑い)。

――出生数が減っているのに、日本の総人口はついこの前まで増えていました。

森田 ずっと総人口が増えてきていたのは、医療の進歩でかつては亡くなっていたようなお年寄りが助かり長生きするようになったからです。それ自体はすごくいいことですが、親の時代と比べて本人も長生きすると思っていなかったし、社会全体もまだそこまでは対応できていない。問題発生のメカニズムと、何が本当の解決すべきことかという問題意識を皆で共有することがたいへん重要だと思います。

 日本の人口は22世紀には半分以下になると言われますが、そうなったときにいちばん成り立たなくなるのは、病院と大学だと思います。やはり教育と医療というのはその意味で少し特殊で、政策的に支えられているところが多いんですね。逆にそれを上手にコントロールすることで、社会的な浪費が抑えられると思います。

――POLICY DOORに掲載された古田先生の『もう想定外とは言わせない』もそうでしたが、メカニズムは明らかになっても対策を考えるにはコストや意識の問題といったハードルがあります。たとえば災害からの復旧を科学的に検証した結果、リスクの高い地域が明らかになれば地価が下がると反対が起こることも考えられます。

森田 そこがこれから研究の進む領域だと思います。地価を決めるのは所有者である売り手と買い手の心理の問題なんですね。それがどういうメカニズムで価格を決めていくかという、人間の心の動きそのものがまさにデータの集積から解明されてくるでしょう。

マスメディアとSNS

――人間の行動については、メディアの役割も大きいですね。

森田 昔はマスメディアでしたが今はSNSが人間の行動判断に大きく影響していて、それが困った方向へ変化しないようにどう情報を補正するかという課題があります。これは倫理的にたいへん難しい話で、ある意味で情報操作であり、他方では明らかに情報バイアスを取り除くという効果がある。このことはこれからたぶん大きな議論になってきます。とくにAIの世界でね。

 ビッグデータを収集して解析する技術が進むと、たとえば災害でパニックが起こりそうなときに上手に避難情報を提供して多くの人を助けるための技術にもなりますが、他方では悪用されてしまう可能性もあります。人間の心や判断に影響を与える技術がだんだんと発達してくる。それをどうコントロールしていくか、逆にうまくいい技術を開発していくか。それが社会技術に期待されるところだと思います。

 価値判断や倫理の話になってくると、医学の研究者や、AIの研究者が一緒になってディスカッションをしていかないと、今の社会環境に合わない古い原則が残ってしまいます。

――そういった古い、いろいろなものの上に成り立っている現代社会の課題を抽出して、ビッグデータを使って分析するところまでがRISTEXのテーマですか?

社会科学と自然科学を超えて

森田 そうしたいと考えています。また、RISTEXの中でも、各分野が高度に専門化していても、横方向にもつながっているんです。そのつながりをもっと生かしていきたい。社会科学、自然科学の分野を超えた交流は始まっていますが、まだ違う文化が守られています。エルサレムみたいな感じで、ユダヤ教地区とイスラム教地区とキリスト教地区という住み分けがある。交流はしてるのかもしれませんが。そこをごちゃまぜにしていくというのがこれからの課題かなと思います。そのためには、若い研究者、まだ頭の柔らかい人たちが重要です。

 人間の遺伝子は、数千年という気の遠くなるような時間をかけて変化するんだそうです。でも、環境はとても短い期間で変わります。いま僕たちがやろうとしているのは、そういう遺伝子の呪縛に環境がどう関係して人間の行動が変容しているかを解き明かすことです。つまり、子供の頃は遺伝子の影響が大きくても、大人になった後の人生は、人間の選択と社会の政策によって変えられる。それをどういう形で変えるかがまさに社会技術だと思います。どんどん問題や関心を共有してデータを集めて議論して、政策に反映しましょうというふうにもっていきたい。私たちはそういった分野の最先端を走ると自負しています。

――政策を実際に担当している人々は、エビデンスを示せばそれなりに理解をするものですか。

森田 たとえば厚労省の場合ですと、最先端の医療でもってできるだけ多くの国民の健康を維持したい、病気を治したいというのが基本にあります。どういうエビデンスがあってどう貢献して行くか。それに対していろんな意見がある中でどうやっていくかという感じですね。しかし私の印象だと、感染症、予防接種、とくにHPVワクチンのケースですと、科学、エビデンスというものが軽んじられているように感じます。厚労省がもうちょっと腰をすえてやるなら、そのときにサポートするだけのエビデンスと、議論の仕方、場。これをどう設計するかも重要だと思っています。

――あるべき社会の議論が大切ですね。本日はありがとうございました。


(聞き手・藤田正美、まとめ・前濱暁子)


※1:2015年 社会保障・人口問題基本調査(結婚と出産に関する全国調査)「現代日本の結婚と出産─ 第15回出生動向基本調査(独身者調査ならびに夫婦調査)報告書 ─」国立社会保障・人口問題研究所、2007年3月
http://www.ipss.go.jp/ps-doukou/j/doukou15/NFS15_reportALL.pdf