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- 百生量子ビーム位相イメージングプロジェクト
研究総括 百生 敦
(東北大学 多元物質科学研究所 教授)
研究期間:2015年2月~2020年3月
特別重点期間:2020年4月~2021年3月
グラント番号:JPMJER1403
百生量子ビーム位相イメージングプロジェクトでは、高エネルギー光子(X線)や中性子、電子などの量子ビームの波としての性質を利用して、量子ビームが物体を透過する際に生じる位相の変化(位相情報)を活用する、「位相イメージング」技術の飛躍的な展開を目指します。位相イメージングは単なる位相コントラスト法とは異なり、位相情報の定量計測を実現し、これによる三次元可視化も可能とする高度な技術です。これまで培ったX線位相イメージングの技術を核に、中性子線や電子線を用いた位相イメージングへの技術展開を図り、さまざまな量子ビームの位相情報を相補的に活用する高度なイメージングプラットフォームの構築を進めます。また、計算機・情報科学分野における最先端の画像解析技術なども導入し、位相イメージングの可能性を最大限に引き出すためのアプローチを追求します。
位相検出の鍵となる光学系の研究や新奇光学素子の開発を通じ、先端素材や複合材料、デバイス、さらには実際に利用される製品に至るまでのマルチスケールで、これまで検出できなかった物質の不均一構造や状態を可視化します。これにより、安心・安全・健康に関心が高い現代社会に貢献します。
安心・安全・健康への関心の高まりとともに、より高度な非破壊検査技術が求められています。学術面でも未踏領域を可視化する新しいイメージングツールが欠かせません。これに応えるため、高エネルギー光子(X線)や中性子、電子などの量子ビームが物体を透過する際に生じる位相の変化(位相情報)を活用する「位相イメージング」技術を開発してきました。物理的計測に留まらず、先端情報科学との融合も図り、マルチスケール・マルチモダリティ・マルチディメンジョンのこれまでにないイメージングプラットフォームの構築を目指しました。高度な光学素子開発を支える国際共同研究も盛り込みました。各参画者の有機的な連携のもと、他に類のない数々の位相イメージング手法(X線位相顕微鏡、X線4D位相CT、中性子線位相イメージング、FZP位相差走査透過型電子顕微鏡など)の開発を成し遂げました。プロジェクト外との共同研究も開始し、今後様々な応用・サイエンスの苗床となるよう活用します。また、本プロジェクト成果が次世代の位相イメージング手法開発の契機となること期待します。
【X線位相顕微鏡】
本プロジェクトのX線位相イメージングではX線透過格子を使ったTalbot干渉計あるいはTalbot-Lau干渉計などを用います。格子は数ミクロンの周期の微細なすだれ構造を有するものです。これを用いた位相イメージングの解像度は、通常は格子の周期で制限されます。高感度を実現しつつ、且つ、高分解能を確保するには一工夫が必要でした。我々は、X線顕微鏡技術とX線位相イメージングを融合してこれを実現しました。実験室X線(東北大)とシンクロトロン放射光(SPring-8)で、二つの顕微鏡を立ち上げました。また、パラボラ位相格子の開発とそれによる超解像イメージングへの取り組みを行いました。
位相イメージングとは単純な位相コントラスト生成だけを意味するのではなく、デジタル画像計測・処理に基づく定量的画像計測技術です。それゆえ、X線断層撮影法(X線CT)との融合が容易であり、高感度な三次元撮影手法(X線位相CT)を可能とします。ここに、最先端のCT画像再構成技術として本プロジェクトで開発したスパースビューCTアルゴリズムを活用する研究も進行中です。開発した顕微鏡は、今後の共同研究に活用し、供用機器として運用することも予定しています。
代表論文
位相イメージング(位相CT)による撮影例
【X線4D位相CT】
X線CTは、多くの場合静的な試料の撮影を前提とします。しかし、機能の理解を深める際には動的な変化を可視化することも必要です。X線Talbot干渉計がバンド幅の広いX線であっても機能することを活かし、白色シンクロトロン放射光を用いて撮影を高速化するX線4D位相CTを開発してきました。しかし、観察されるダイナミクスが白色シンクロトロン放射光による放射線損傷と区別できないという問題がありました。そこで、Talbot干渉計に最適なバンド幅のビーム(ピンクビーム)を多層膜ミラーで生成する工夫をSPring-8、BL28B2で行い、高分子材料のレーザー加工モデルの四次元(空間3次元+時間)に適用しました。画像形成における先端情報科学からの重要な寄与もあり、レーザー照射下のポリプロピレンにおける融解界面の進展などが描出できることを示しました。
代表論文
X線4D位相CTの光学系とレーザー照射下のポリマー試料の撮影例
【中性子線位相イメージング】
中性子の波動性を利用すればX線と同様に位相イメージングが実現できます。そのために必要であった中性子用の吸収格子(Gd格子)の開発に成功し、J-PARCのパルス中性子イメージング装置(RADEN)にて中性子線位相イメージングを実現しました。位相イメージングで得られる試料からの信号には、位相情報以外に試料による散乱があります。これをうまく画像化すると、試料中の散乱体の様子とその分布が可視化されます。クォーツセルに充填されたハイプレシカの撮影結果では、ハイプレシカ(散乱体)のサイズの違いによるコントラスト変化も捉えられます。
中性子線位相イメージングは磁性材料にも有効であり、上記の散乱画像で磁区分布の可視化が可能であると共に、中性子のスピンを制御した位相イメージングでは磁化方向も可視化できます。
代表論文
(左)斜め蒸着法で開発したGd吸収格子
(右)ハイプレシカの撮影例(散乱画像でみるサイズの違いによるコントラスト変化)
【FZP位相差走査透過型電子顕微鏡】
電子顕微鏡では、ゼルニケ位相差法が既に開発されており、生物試料などの弱いコントラストを対象に適用されています。しかし、定量性が乏しいという問題があり、例えば電子線トモグラフィ―の適用が容易ではありません。これに用いられる位相板の電子線による変性・劣化が激しいという問題もあります。本プロジェクトで開発した顕微鏡は、フレネルゾーンプレート(FZP)というデバイスを照射ビーム側に挿入して位相コントラストを発生させる走査透過型電子顕微鏡(STEM)であり、変性・劣化が問題となる位相板を使わない新しい構成に基づき、位相の定量性が発揮されるものです。カーボンナノチューブ(CNT)の撮影した結果では、従来のSTEM像に対して、細いCNTがはっきり可視化され、またCNTが交差した部分では信号が2倍になっており、撮影の定量性も確認されました。
代表論文
(左)従来のSTEM像
(右)FZP位相差走査透過型電子顕微鏡で撮影したカーボンナノチューブ