齊藤スピン量子整流プロジェクト

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研究総括 齊藤 英治

研究総括 齊藤 英治
(東京大学 大学院工学系研究科 教授)
研究期間:2014年11月~2020年3月
特別重点期間:2020年4月~2021年3月
グラント番号:JPMJER1402

 

電子の新たな自由度として、「スピン」を積極的に利用するスピントロニクスが、新しい電子技術として注目されています。従来のエレクトロニクスは電子の電荷のみを利用してきましたが、スピントロニクスではコマのような回転の性質を持つスピンを利用します。スピンの流れである「スピン流」は、大幅に消費電力を低減した不揮発性磁気メモリーや量子力学を応用した量子情報伝達を実現できると考えられており、さらに、スピンを用いたエネルギー変換技術など、多様な応用展開が期待されています。

本研究領域では、スピン流の本質的な機能を引き出すために、磁石中のスピンの回転方向が一方向に偏っているため、熱などの物質中のランダムな運動を一定の方向にそろえることができる機能(整流性)に注目し、これを基礎とした物質中のゆらぎの利用原理の構築と、スピンを用いた力学的・電磁気的・熱的エネルギーの流れの制御を目指します。物質中のミクロなスピンを記述する量子力学を、物体そのものの運動の影響を扱えるように拡張することによって、物質の物理理論における新しいパラダイムの創成に挑戦します。このパラダイムに立脚したスピン発電機、量子モーター、スピン回路技術を開発することで、スピン流に基づく科学技術、スピンを用いた新たなエネルギー変換方法を開拓します。これらの研究開発により、新たなスピントロニクス制御の理論構築、力学運動を組み込んだスピントロニクスデバイス・回路の創出、従来のエレクトロニクスでは不可能と考えられていた材料・機能デバイスの実現が可能となります。さらに本研究領域では、スピンの量子整流性を利用した材料内部におけるエネルギー変換や情報処理という新たな科学技術の概念を「スピン量子整流」として確立し、社会への展開を目指した革新的なスピン利用技術を開拓していきます。

 

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研究成果の概要

本研究領域ではミクロな粒子の回転であるスピンが本質的にもつ整流性を基礎にしたスピン科学の拡張を行いました。これにより、スピンの流れであるスピン流を介して自然界の様々な回転量を相互作用させる新しい学術体系を構築することに成功しました。例えばスピン流科学と機械運動を融合させ、量子力学上の概念であるスピンが物体そのものを運動させることを実証し、スピントロニクスデバイスの実現に向けた道を拓きました。また核スピン物理学との融合では従来全く未開拓であった、核スピンと電子スピンを融合することに成功するなど、従来実証されてこなかった研究成果を世界に先駆け次々と生み出しました。これらは「スピン量子整流」という新たな科学技術概念として体系化され、この原理を利用した新たな分野融合を創出しました。

 

研究成果

[スピン流科学と機械運動の融合]

スピン量子整流を通じて、スピンと機械運動とのスピン流を介した結合を実証しました。まず、流体運動からのスピン流生成は、力学運動からスピン流を作れることを示し、さらに、磁性体中のランダムな熱格子運動を整流し、マクロな機械運動を生成できることを磁性体マイクロカンチレバーを用いて示しました。これらの成果によって、スピン系と古典力学系との間でのスピン流による角運動量交換及び量子整流が実証され、これらはスピントロニクスと微小機械システム(MEMS/NEMS)という二つの分野を融合させる道を拓きました。今後、磁性体を組み込んだマイクロメカニクス系が開拓されると期待され、それに伴い磁性材料のマイクロ加工技術が進展し、新たな技術的展開が期待されます。

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"Spin Seebeck mechanical force", Kazuya Harii, Yong-Jun Seo, Yasumasa Tsutsumi, Hiroyuki Chudo, Koichi Oyanagi, Mamoru Matsuo, Yuki Shiomi, Takahito Ono, Sadamichi Maekawa & Eiji Saitoh, Nature Communications 10, 2616 (2019), DOI:10.1038/s41467-019-10625-y

 

[スピン流科学と核スピン物理学の融合]

スピン量子整流を通じて、電子スピンと核スピンとのスピン流を介した結合を実証しました。炭酸マンガン(MnCO3)における核スピンの励起から誘導される電子スピン波を通じてのスピンポンピング電圧の測定は、核スピンと電子スピンとの間での角運動量交換をスピン流として検出可能であることを示しました。また、核スピン量子整流と考えられる信号を検出することに成功しました。この成果によって、核磁気共鳴とスピントロニクスという二つの分野を融合させる道が拓けました。今後、核スピンと電子スピンの結合の大きな材料開拓が進み、核スピンが量子情報へ電気的にアクセスする技術の展開が期待されます。

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"Spin pumping from nuclear spin waves", Yuki Shiomi, Jana Lustikova, Shingo Watanabe, Daichi Hirobe, Saburo Takahashi & Eiji Saitoh, Nature Physics 15, 22-26(2019), DOI: 10.1038/s41567-018-0310-x

 

[スピン流科学と強相関量子スピン系の融合]

量子スピン系や反強磁性体といった強相関電子系におけるスピン流のキャリアとその伝搬を明らかにしました。スピノンスピン流の実測は、スピン相関によって駆動されるスピン流が様々な系に普遍的に存在することを示し、反強磁性体でのスピン流伝搬測定は、スピン流を注入することで、スピン流が対象物質との間の角運動量交換を通して物性のプローブとなることを示し、さらにはスピン流トランジスタとしての動作原理をもたらした。これらの成果によって、様々な磁性体だけでなく、量子スピン系とスピントロニクスという分野を、角運動量交換という新たな視点で融合させる道を拓きました。今後、特異な磁性をもつ物質のスピン流科学への利用や、反強磁性体のマグノニクスへの技術展開が期待されます。

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"One-dimensional spinon spin currents", Daichi Hirobe, Masahiro Sato, Takayuki Kawamata, Yuki Shiomi, Ken-ichi Uchida, Ryo Iguchi, Yoji Koike, Sadamichi Maekawa, and Eiji Saitoh, Nature Physics 13, 30-34(2017), DOI: 10.1038/NPHYS3895

 

[スピン流科学と超伝導ボルテックス(トポロジカル欠陥)物理の融合]

角運動量をもつトポロジカル欠陥である、超伝導ボルテックスのスピン流変換機能や量子整流現象を見出し、スピン量子整流の概念を超伝導トポロジカル構造の非平衡流に拡張しました。第二種超伝導体のボルテックス液体相における、環境ゆらぎからの自発電圧生成機能を実証したことで、角運動量を有するトポロジカル欠陥の超高感度な量子整流機能を示しました。これは、環境のゆらぎを敏感に収集して発電につなげる驚くべき現象であり、量子整流の威力を示したといえます。

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"Vortex rectenna powered by environmental fluctuations", J. Lustikova, Y. Shiomi, N. Yokoi, N. Kabeya, N. Kimura, K. Ienaga, S. Kaneko, S. Okuma, S. Takahashi & E. Saitoh, Nature Communications 9, 4922 (2018), DOI: 10.1038/s41467-018-07352-1

 

[スピン流科学とブラックホール理論の融合]

ブラックホールの理論であるAdS/CFT対応を用いて、強磁性体とスピン流の物理を再構成することに成功しました。これは時間反転を破るスピンとブラックホールのアナロジーから着想を得たもので、従来知られていないスピン流現象を予言する可能性を持つ新しい理論的枠組みを構築しました。この成果によって、ブラックホールの物理とスピン流の物理を融合させる道を拓きました。

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"Holographic realization of ferromagnets", Naoto Yokoi, Masafumi Ishihara, Koji Sato, and Eiji Saitoh, Phys. Rev. D 93, 026002(2016), DOI: 10.1103/PhysRevD.93.026002

 

[スピンゼーベック発電技術性能の大幅向上]

スピンゼーベック効果を用いた熱電変換デバイスの開発について、AIによって未知の材料の特性予測を行う新技術”を用いて、Ptのスピン分極を強化した新しい合金:CoPtNを合成して特性を評価した結果、従来のPt合金の持つ熱電変換効率を約100倍上回る特性が得られることが確認できました。市販されている半導体を用いた熱電変換素子の出力レベルにも、大きく近づくことが出来ました。また、開発期間も約1年間と、大幅に短縮できることを実証しました。

 

[非線形マグノン励起による確率的演算素子の検証]

マグノンが非線形励起される際の発振位相の自由度を利用した磁性体ドット素子を作成し、これによって実現される確率的ビット動作の検証を行いました。また、ビットを構成するスピンのダイナミクスが持つ確率分布を可視化する方法を確立し、将来的に集積ビット系を利用したアニーリング動作に不可欠な物理状態の探索を可能としました。これにより、非線形マグノン励起の演算素子への展開が期待されます。

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[コロナ禍における完全リモート化による新しい研究活動の実証]

ウィズ/ポストコロナ時代でも精密実験の強みを発揮できる新しい基礎研究活動の仕組みとして以下の3項目を実施し、実証しました。

  1. リモート/デジタル業務基盤・モニタリングシステムの整備及び高度なセキュリティ基盤の構築

     環境制御コンピューターを導入し、さらに、高いセキュリティを誇るリモートアクセス機能を有するソフトウェアを導入することで、リモートネットワークに対応したプラットフォームを構築しました。これにより自宅など、外部からも実験装置へのアクセスが可能となり、実験室に来訪する機会を最小限にすることが可能となりました。

  2. fig15

    赤で示したパソコンで測定装置ケーブルに繋がった全ての精密計測装置の制御が可能。

    またこのパソコンにリモートでアクセスできる。

     

  3. 様々な精密計測装置を統合した高速リモート制御・微調整可能なプラットフォームの構築

     従来、実験室で利用している計測機器間は同期の維持が難しく、測定毎に実験室に赴き調整をする必要がありました。そこで周波数標準器(ルビジウムクロック)を取り入れ各装置間の完全同期を可能にし、リモートで長期間の計測を行えるシステムを構築しました。

  4. 実験室の完全無人化を実現する環境・インフラ整備

     パルスレーザーや非線形光学素子を利用した装置は、実験室内の温度や湿度の変化に影響され不安定化しやすく、従来は人間が職人的な感覚を持って、温度調整や設備調整を行っていました。これをリモート化するため、空調設備の更新作業を実施し、湿度管理のため、除湿器の排水を自動で行う排水ポンプを導入しました。これにより、実験室に入室することなく定格冷房能力20 kW以上、標準暖房能力22 kW以上、かつ温度誤差範囲±1℃と安定的な数値を実現できました。

  5. fig16

    右上:除湿器につながった排水装置。実験室に入室することなく排水が可能

 

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