【対談】
コロナ禍の現場で見た「政策と科学」の相克(第2部)
危機の中では科学的情報も「百家争鳴」の状態に

西浦 博
京都大学 大学院医学研究科 教授

森田 朗
一般社団法人 次世代基盤政策研究所 代表理事/東京大学 名誉教授

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(第2部)

森田:ここからは三つめの論点であるサイエンスコミュニケーションの話に移りたいと思います。

 第1波以降、にわか専門家のような人たちが世論に対して影響力を持ちました。これが危ないとか、専門家が言っているのは限られた部分だけだとか、視聴率に最も結び付くというということからもしれませんが、ずいぶん過激なことも言っていました。ただ、それで世論がある程度形成されてしまい、それを受けて政治家も反応するという状態が生まれたのも事実です。

不安なときに頼れる情報を

西浦:国民に流布されるべき科学的情報というのは、パンデミックが起こるとどうしても百家争鳴状態になります。何が正しいか判別しにくくなるからです。今、私が関わっている新しいプロジェクトではそういったあたりを改善できないか、民放テレビ局出身の科学コミュニケーションの専門家志望者も交えて相談しています。具体的には、報道される科学的情報をある程度一元化したり、アドバイス機関みたいな組織を別途作って一本化できないかというようなことを考えています。

 原発事故などでもそうですが、皆が何を信じていいのかわからなくてとても不安になっているときに、頼れる情報を必ず一定の度合いで提供できる組織を作る。そういう道筋の作り替えが、このパンデミック後に焦らず確実に実行しなければいけないことの一つだろうと感じています。

森田:研究者のグループなどできちんとメッセージを出すのは、とても重要だと思います。今は紙1枚半の見解を出すのに何日もかかったりしますけど。

 ただ別な面から言いますと、ひとつの意見しかないということは「大本営発表」になりはしないか。それを避けるためにはやはりディスカッションが必要だし、すごく重要なのは、その議論の中身です。何と言ってもエビデンスに基づいて議論する必要があるし、聞き手側のサイエンスリテラシーのような問題もあります。

 白紙の頭の中に、最初に入る情報が刷り込まれると、ずっと後を引いてしまいます。たとえば最初にマスクが必要だと思ったら、何が何でもマスク。マスクさえすれば心が安らぐし大丈夫だというような、ゼロか100かみたいな反応になりがちです。そこをくつがえせるだけの説得力あるメッセージを作れるかどうか。また、作るだけではなく、それを伝えるための媒体が必要です。SNS時代では、自分の考え方に合致するような情報だけをずっとフォローするようになって、バランスの取れた認識ができなくなるということも起きています。そういう中で、どう発信すればいいのか、難しい話ですね。

西浦:計算社会科学会という学会の研究発表を見ると、SNSの情報をデータマイニングして、とくに社会学の視点から、特定の問題に対する世論を意見別にクラスターに分解して可視化する研究が最近盛んに実施されています。そういう手法をリアルタイムで使いつつ発信内容を考えるというふうに、世の中が変わってきています。

 SNSひとつとっても、僕も今回の流行を通じて、Twitterのフォロワーが50人くらいから11万人に増えました。友達と一緒に自分ひとりで楽しく使っていたんです。コロナが流行し始めたころにはちょっとふざけたツイートをすると「まじめにやれ」と怒られるようになって、「ああ、困ったな」と思いました。次第にわかったのは、僕をフォローするのは僕自身に興味があるわけじゃなくて、コロナについて、ポロポロと僕から漏れ出てくる情報を収集しようと見ているのだと、みんなリスクに係る情報や真実をあばく専門家の情報を求めている一環なのだということがよくわかりました。

西浦 博 京都大学 大学院医学研究科 教授

伝播の中心にいる「伝わりにくい」人々

西浦:このコロナ禍で、社会科学に限らず感染症制御を考える専門家がいちばん苦労したのは、20代、30代の人たちが伝播の中心になっているのに、実はいちばん呼びかけが届きにくかったり、あるいは行動に容易に繋がりにくかったりしたのがその世代の人たちだということでした。彼らに伝える手段を探したときに、ひとつの手段がSNSでした。しかも、「TwitterはみんなもうやっていないのでTikTokに行きなさい」なんて言われました。それで、尾身先生がTikTokに出て反響を呼びました。ネガティブな反応も多くてご苦労ばかりおかけしていましたが真摯な努力の一環ですね。

 プロにアドバイスをもらいつつ手探りで、今回いろいろやってみて、発信はもっと系統的にできると思いました。先ほどの計算社会科学会の研究テーマを拝見していると、ユーザーはかなり自分の欲しい情報を深掘りして探す能力があるということがわかっているようですので、それに基づいた使い方もできるだろうというのが、率直な実感です。

森田:情報を出すときは、ひとつはわかりやすく簡単なこと、何回も繰り返すこと、それからタイミングを逃さずスピーディーに出すことが重要だと思います。しかし、政府の情報の出し方はどちらかと言うと、わかりにくいし、一回出したらお仕事終わりみたいなところもある。さらに出した情報をどういう形でうまく広げていくかも課題です。メディアの使い方も含めて国民にいろいろなケースを理解してもらうのがたいへん重要なことだと思います。

西浦:難しいと思うのは、インフォデミックに対抗するときに、厚生労働省をはじめ公的機関の情報は信頼度が高いのですが、おもしろおかしくはないので、厚労省のSNSアカウントのフォロワーはそんなに多くないのですね。また、行政は政治的意向に忖度しますから、述べられる事実関係の範囲の匙加減も限定的で踏み込めない。同じ情報でもインフルエンサーに出してもらったほうが伝わりやすい。これは何をよりどころに情報を受け入れるかという問題ですが、結局のところこれまでの経験にしか頼れるものがないというのは、重要な課題だと感じています。

森田 朗 一般社団法人 次世代基盤政策研究所 代表理事/東京大学 名誉教授

「専門家リストを作りましたか?」

森田:私自身は、医療関係のデータを集める仕組みが必要だと考えています。そういった仕組みはイスラエルにもシンガポールにもあるし、たとえばイギリスもNHSがデータに基づいてワクチンの効果などを発信しています。残念ながら日本はイギリスでこう言っているからという報道が多いのですが、データを集める仕組みを早く作って、それに基づいて変化がどうなっているかを発信できるようになれば、スピード感がだいぶん変わってくると思います。

 日本の場合には、個人情報の問題もあって国民がデータを出すことに消極的です。情報を出すわけではなく、受診したときのデータをそのまま使わせてほしい、あるいはワクチンの接種記録から自動的に情報を収集するという話なのですが、なかなかうまくいきません。

 根本的な問題は、政府が信頼されていないことです。政府の出した情報はそのまま受け止められないし、政府のほうは突っ込まれるのが嫌だから時間をかけてわかりにくい文章にしてしまう。そうすると、政府とは別な形で信頼できる機関や組織を作っていく必要があるのではないでしょうか。そこのところはどういう仕組みが考えられますか。

西浦:そこは関連研究者内でかなり議論しています。公衆衛生という分野の中でもとくに自分は、この危機の中で先頭に立ってやらせてもらってきたので、専門家の関わり方の仕組みづくりをかなり大きな範囲でやれないかなと検討するに至りました。

 具体的には、さまざまな学会に対して「専門家リスト」を作ったかどうか聞いて廻っています。たとえばシミュレーションの学会や人工知能の学会に行ったときに理事会や評議会は「社会実装部会」を作って、それぞれの技術を有する専門家をリスト化して、危機のときのために公開して、国に渡してください、役人から突然に電話相談することを許してあげて下さい、と話しています。日本学術会議など、一定のオーソライズされた組織に部会を作って、本当に必要になったときは依頼するので、大学はその人を半年ぐらいフリーにして、働けるようにしてください、と。

 そういう仕組みを作って残しておくと、本当にそこに心血を注いで頑張らないといけないときに役に立つと思います。力になりたいと思っている専門家はそれぞれの分野でいっぱいおられます。今度このパンデミックと同じようなことがあったら、次はやるぞと思っているような人たちがいると思うので、組織づくりを体系立ててやりたい。そういう組織を、国とは別に残しておくと、次の世代に役立つと思います。

森田:確かにそういう組織ができて、中身も合理的で、説得力あるような形できちっとした発信をすると、影響力はずいぶんあると思います。ただ、私も長い間、研究者をやってきましたけれども、研究者にはいろいろなタイプがいて、とにかく論文を書ければいいという人もいれば、ちゃんと社会に役に立てたいという人も、テレビに出て目立ちたい人もいる。そういう人たちをまとめてひとつの環境を作っていくのは組織とリーダーシップがたいへんだと思います。でもそういう仕組みを作るのはとても重要です。政治家が「なるほど、これがいい」「こうすればむしろ支持率が上がる」というような仕組みをぜひ研究していただきたいと思います。

空気に左右されない「勇気」

森田:このコロナ禍では、行動制限や、マスクを外す、外さないも含めて、科学的なエビデンスに基づかないある種の「空気」ができていたように感じます。またそれぞれの個人がそれぞれで立ち向かい、またはその中で行動してきた面もありました。今後は個人ではなく、どういう組織がどういう行動をしながらその「空気」と立ち向かっていけばよいのか、今後の見通しや期待はありますか。

西浦:それはけっこう諦めかけていた話ですね。たとえば、もう「この方向で行こう」と事前に決まっている会議で空気を読まずに科学的見解を発言するのは、何度かやりましたが、やはり相当に勇気が必要なことでした。ただ専門家としては、ここで発言しないと責任を果たせません。

 これまで総括をする機会があるときには、感染症疫学者を国内で育ててこなかったのは国策の誤りであると必ず言うことにしています。ポピュレーションダイナミクスを解する者がいて適切にデータが読めないとリスクや対策効果の評価なんてわからないのですが、関連する人材育成はかなり必要なことだと思います。それに、その場の空気を読まずに「サイエンスとしてこれが正しい」と言い切れる力は、研究者として必ず備えていなければなりません。パンデミック時には命がけの気構えで仕事をしないといけないのですが、それは疫学者の育成のプロセスで教える内容に加えていくことになります。

 もうひとつは、行政の担当者が上意下達に必ずしも従わなくてもいい仕組みについて、一定の議論をしたほうがよいと思います。現在の体制では、明らかに誤りだとわかる政策でも、政治決断であればそれに従ってワーストを避けるような仕事さえ役人に課せられています。最も優秀で機能しそうな世代の人たちが本来の力を発揮できないということがあると思うので、若干見直したほうがいいのかなと、これは率直に感じました。

森田:それも含めて、感染症や法律、経済まで、さまざまな分野の専門家が同じレベルで議論する環境を作ることが重要ですね。法的な仕組みと手続きの話もあります。科学的にどうすべきかという話と、さまざまなことを考慮して最終的に政治としてどうするかの両面から議論すべきだと思います。そうでないと「あなたの言うことは科学的に正しいけれども、法的な手続きとしておかしい」といった反論で潰されてしまう。政策としてきちんとした形にするには、ここの仕組みを変えていかないといけませんよね。いろいろ考えさせられました。本日はありがとうございました。

西浦:ありがとうございました。


(取材・構成 黒河昭雄、前濱暁子、編集・藤田正美)
2023年2月6日インタビュー